未体験の映像“表と裏”で~ソニー

経済部 水野翔太

 満天の星とオーロラの光が水面を照らし、海の中央に小さな岩山が突き出している。息をのむ美しい風景がそこに広がる。

 一見、美術館の片隅に飾られた一幅の絵画のように見えるが、下の方に「4K有機ELテレビ、本日、ソニーから。」とのコピーが添えられていて、ようやくこれがテレビの広告だと分かる。

  • 6月10日朝刊全面広告
    6月10日朝刊全面広告

 ソニーが6月10日読売新聞朝刊に出したテレビの新商品「ブラビアA1シリーズ」の全面広告を絵画と見間違えるのは、ベゼル(テレビの枠)を狭くし、テレビには付き物のスピーカーやスタンドが正面から見えないためだ。

表裏両面広告でデザイン性アピール

 いったいどうやって立っているのだろう――。その疑問は、紙面を1枚めくると明らかになる。次ページの全面広告は、このテレビの裏側が映し出されていて、画家が使うイーゼルのように、画面を後ろから支える設計になっていることが見て取れる。

  • 6月10日朝刊全面広告
    6月10日朝刊全面広告

 背面はガラスで覆われており、各種ケーブルをつなぐ端子は見当たらない。ふだんは目にすることがない、裏側にも強いこだわりが見える。「表裏一体の広告を使って背面まで大きく見せることで、デザイン性の高さを伝えたかった」。担当したソニーマーケティングの中村芳彦さんは明かす。

  • 広告の狙いを説明する中村さん
    広告の狙いを説明する中村さん

 有機ELテレビは、電圧をかけると自ら光る発光材料(有機化合物)を使っていて、通常の液晶テレビに比べ、深みのある黒を表現したり、動きのある映像をクリアに表示したりしやすい。ブラウン管、液晶に次ぐ、次世代のディスプレーとして本命視されている。広告を作る際には、こうした商品が持つ特長や迫力を損なわないよう、商品写真を中心にできるだけ文言は少なくするように気を配った。

「発売日に大きな広告を掲載できる新聞」の活用

 言葉では多くを語らず、とにかく販売店の店頭で商品を見て感じてほしい。そんな思いが伝わってくる。中村さんは「発売当日に各家庭に必ず届き、広告を大きく掲載できる新聞というメディアを利用することが一番」と考えたという。

 狙いは当たった。

 掲載翌日、調査会社が読者に「広告を見たか」「好感を持ったか」「店頭で見てみたいか」などと尋ねた。いずれの項目も、2013年7月に出した4K液晶テレビの広告より良い結果が得られたという。ツイッター上では、「表裏両面の新聞広告は初めて見た」といった投稿も広告の写真と一緒にアップされた。

  • 2013年7月5日朝刊の全面広告
    2013年7月5日朝刊の全面広告

説明する言葉をそぎ落とす決断

 シンプルな広告は、痛しかゆしのところもある。説明する言葉をそぎ落とした分、商品のイメージを強く伝えることはできる。しかし、ソニーが誇る最新のテクノロジーを駆使した新機能は伝えきれない。この新型テレビでは、通常のスピーカーに代わって画面本体を直接振動させて音を出す「アコースティック サーフェス」といった最新技術を採用しているが、裏側の広告の方に短く紹介しているだけだ。

 その問題は、QRコードを載せることで解決した。スマートフォンで読み取ると、「BACK STORY」として、細かい機能の紹介や開発担当者のインタビューなどを載せた特設ページを見ることができる。より深く知りたい読者を誘導する仕掛けだ。

東京五輪に向け7年ぶりの再挑戦

 ソニーにとって、有機ELテレビは特別な商品だ。2007年に有機ELテレビ「XEL-1」を世界で初めて発売した。当時の液晶テレビでは難しかった薄型の形状と鮮やかな映像で世界を驚かせた。

  • 有機ELテレビの鮮やかな色彩に注目が集まった(5月、都内で開かれたソニーの新商品発表会で)
    有機ELテレビの鮮やかな色彩に注目が集まった(5月、都内で開かれたソニーの新商品発表会で)

 しかし、画面サイズは11型とノートパソコンサイズ。お茶の間の1台とはなりにくい。さらに価格は20万円と、当時売れ筋だった32型の液晶テレビと同じような価格帯だったこともあり、販売は低迷。一般向けは2010年に生産終了に追い込まれた。ブラウン管テレビ時代の「トリニトロンテレビ」などの革新的な技術を生み出してきた伝統あるソニーのテレビ事業の低迷を象徴するような出来事だった。

  • #051
    #051

 今回の「ブラビアA1シリーズ」は、ソニーにとってそれ以来の一般販売向けの有機ELテレビで、およそ7年ぶりの再挑戦にあたる。「XEL-1」の時と違って量産効果が高まらない自社製パネルへのこだわりを捨て、今回はメーカー各社が使う他社製のパネルに相乗り。その分、ソニー独自の高画質技術を駆使して表現力を最大限に高めることに力を注いだ。A1シリーズは最も画面が小さい55型でも市場想定価格が50万円前後と、同型の液晶テレビに比べて高額であることに変わりはない。それでも2020年の東京五輪・パラリンピックを3年後に控え、価格が高くてもそれを上回る価値があれば消費者に受け入れられるはずだと判断した。

 テレビなのに絵画を鑑賞しているかのような新しい映像体験。「一面、新世界。」のコピーは、この商品にかけるソニーの意気込みを示している。

(経済部 水野翔太)

◆ソニー
  1946年に設立された東京通信工業が前身。1958年、社名をソニーに変更し、東京証券取引所に上場した。事業はテレビなどの家庭用電気機器のほか、ゲーム、音楽、金融など多岐にわたる。ウォークマンなどヒット製品も多い。2000年代以降に経営不振に陥った反省から、近年では特に家電事業で「規模を追わず、違いを追う」方針を徹底している。2017年3月期の連結売上高は7兆6032億円、従業員は12万8400人。本社は東京都港区。ウェブサイトは こちら