「非自民」離合集散の歴史…2大政党制定着せず

 民進党など「非自民勢力」は、離合集散を繰り返してきた。

 日本新党、新生党など非自民・非共産の8党・会派は1993年に細川連立内閣を発足させたが8か月で瓦解し、2009年に誕生した民主党政権も3年3か月しか続かなかった。小選挙区比例代表並立制の導入時にうたわれた「2大政党制の定着」は道半ばだ。

 羽田孜・元首相、小沢一郎氏(現・自由党共同代表)らが率いる新生党などはその後、解党して、94年に新進党を結成した。所属議員214人で船出したものの、96年衆院選で自民党に敗れると離党の動きが止まらず、3年で自壊した。

 社民党の一部や新党さきがけの議員らが合流して結成された民主党は2003年、小沢氏率いる自由党と合併し、野党第1党の立場を強固なものにした。しかし、政権奪取後の12年、消費増税を巡る路線対立から小沢氏らが集団離党し、同年の衆院選で下野した。

 民主党は16年、政権時代の「負のイメージ」の払拭ふっしょくを狙い、20年続いた「民主」の名前を捨てて「民進」に衣替えした。しかし、党勢低迷から抜け出せず、前原代表は小池百合子・東京都知事が代表を務める「希望の党」と事実上の合流に踏み切る方針だ。

 既成政党と一線を画す第3極政党も、大きなうねりを作れずに消滅する例が相次いでいる。

 自民党を飛び出した渡辺喜美・元行政改革相らが09年に結成したみんなの党は、5年で解党した。当時の橋下徹・大阪市長が12年に結成した日本維新の会は、3か月後の衆院選で公示前の11から54に議席を増やす躍進を遂げたが、勢いはこの時がピーク。その後、橋下氏の政界引退や分裂騒動もあり、党勢を拡大させるには至っていない。