経済

あなたの会社は富士フイルムのように再生できるか

フリーライター 寺尾淳、読売新聞メディア局編集部
 かつて写真フィルムのトップメーカーとして知られた富士フイルム。写真フィルムの需要が激減した2000年代以降、事業構造を大胆に転換し、今では医薬品、医療機器、化粧品といった成長分野をいくつも抱える先端企業に生まれ変わっている。過去の成功体験にとらわれ、変化を遂げられないまま没落していった大企業も少なくないなかで、富士フイルムはなぜ自らを変革できたのか。その理由を分析する。

危機を迎えた時期に“登板”

  • 写真フィルムから医薬品・医療品などへの事業構造転換が奏功した富士フイルム(東京・港区の富士フイルムホールディングス本社)
    写真フィルムから医薬品・医療品などへの事業構造転換が奏功した富士フイルム(東京・港区の富士フイルムホールディングス本社)

 「20世紀はエレクトロニクスの時代だったが、21世紀はバイオやゲノム、ケミカルの時代になる。我が社の経営資源や技術開発力、ブランド力を生かし、新たな核となるビジネスを作っていきたい」。富士写真フイルム(当時)の常務から社長に昇格したばかりの古森重隆氏が読売新聞のインタビューに対し、そう力強く語ったのは、2000年夏のことだ。

 当時、富士フイルムは危機に直面していた。「IT革命」という言葉がもてはやされ、本格的なデジタル時代が到来する中、デジタルカメラの普及によって中核事業の写真フィルムの需要が激減。新たな収益の柱となる事業の育成が急務となっていた。その先導役を任されたのが、古森氏だった。

 1963年に入社した古森氏は、印刷材料の国内営業などで頭角を現し、96年から約4年間、ドイツの現地法人の社長を務めた。早くから将来の社長候補として古森氏に目を付けていた大西實会長(当時)が、本社社長就任前の“テスト期間”としてドイツに送り込んだとされる。

保有技術を徹底的に洗い直し

 社長に就任した古森氏はまず1年間をかけて、同社が保有する技術を徹底的に洗い直し、そのリソースをどんな分野、製品に生かせるかを、じっくりと考えることから始めた。アナログ時代に培った技術やノウハウでも、デジタル時代に応用が利くものはあるはずだと考えた。

 そうして“戦力”を見極めた後に、組織改革で人員を適材適所に再配置する段階に入る。その過程で、同社は1万人規模のリストラも実施している。その上で、新しい時代に適合し、将来にわたって経営を支えられる事業領域を明確に設定し、これらに経営資源を積極的に投入するという方向性を定めたのだ。

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