経済

オリンピック選手に学ぶ「競争社会を生き抜く力」(下)

慶應義塾大学名誉教授 池井 優
 スポーツの世界でも会社でも、 熾烈 ( しれつ ) な競争を生き抜くためには「人との関係」が大切だ。それは仲間や家族だけに限らない。目の前に立ちはだかる「壁」のような存在が、人を大きく成長させることがある。スポーツと社会、文化の関係を長年論じてきた慶應義塾大学の池井優・名誉教授が、 オリンピック選手に学ぶ「競争社会を生き抜く力」(上) に続き、名選手、名勝負などを題材に解説する。

身近にライバルを持つことは幸せだ

 空中に高く掲げられた1本のバーをいかにクリアするか。棒高跳びは、様々な五輪種目の中でも特に冒険的で、緊張感に満ちた競技の一つと言えるでしょう。この1本のバーを巡って、世界の頂点で戦ったライバルが西田修平と大江季雄でした。

  • 「友情のメダル」のエピソードを残した大江季雄選手(京都府舞鶴市提供)
    「友情のメダル」のエピソードを残した大江季雄選手(京都府舞鶴市提供)

 「友情のメダル」のエピソードを聞いたことがあるでしょうか。今から80年以上も前の話ですが、良きライバルの美談として現代まで語り継がれています。

 時は1936年8月。ナチス政権下のドイツで開かれたベルリン・オリンピックに、西田と大江は棒高跳びの日本代表として出場しました。

 日本の8月からは想像できないほどの肌寒さの中、予選を通過した25人で争った決勝で、最後に残ったのは4人――西田と大江、そしてアメリカのメドウス、セフトン――でした。

 4時間を超す大熱戦の末に、4メートル35をクリアしたメドウスが世界の頂点に立ちました。その後、2位、3位を決めるために3人が争い、まずセフトンが脱落。西田と大江が同じ4メートル15を超えたところで競技は終わりました。公式発表された結果は「2位西田」、「3位大江」。記録は同じでしたが、大会本部は試技の回数が少なかった西田を2位としました。しかし、当の西田はこの決定に納得できませんでした。記録は同じなのだから、「2人とも2位で銀メダルではないのか」と言うのです。

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