政治

[憲法70年・上]最大のナゾ…「9条」発案したのは誰?

読売新聞調査研究本部主任研究員 舟槻格致

憲法制定の「ミステリー」に迫る

 今回の著書で、古関氏は結論を出すに当たって「事実の検証とは、なによりも足元から始めるべきだろう」と記している。その上で、GHQ案は2月13日に日本政府の3人(吉田茂外相、松本烝治(じょうじ)国務相、白洲次郎終戦連絡中央事務局参与)に伝えられた後、幣原に報告されるが、日本側はその内容を深刻に受けとめて閣議が開かれるまでに6日もかかった事実を指摘している。また、この19日の閣議では幣原本人をはじめ閣僚も「我々はこれを受諾できぬ」と言ったとの記録があり、こうした動きは、そもそも幣原が言い出したものであれば常識的に考えづらいとする。幣原は戦争放棄について「日本は考えたこともなかった」などと語っていたという。

 その上で、古関氏は「幣原説」は、マッカーサーと幣原という両当事者本人、あるいは両当事者からの伝聞以外には、証拠がないことに注意が必要だとしている。幣原がマッカーサーに戦争放棄をアドバイスしていたとしたら、46年2月頃の幣原や閣僚らの言動はあまりに不自然であり、マッカーサーらの後日の証言をそのまま採用するのは難しいということだろう。これは、憲法改正を支持するかしないかといった主張とは全く無関係で、事実究明にかける研究者の姿勢ゆえといっていいだろう。

  • 日本国憲法原本と9条部分(左)
    日本国憲法原本と9条部分(左)

 古関氏の著書で興味を引くのは、9条の発案者の部分ばかりではない。例えば9条には「戦争放棄」にとどまらず、「日本国民は……国際平和を誠実に希求し」という「平和思想」が盛り込まれているが、GHQ草案の時点では「戦争放棄」としか書かれていなかった。古関氏はその事実を指摘するとともに、実は終戦の日の1945年8月15日の2か月ほど前、「本土決戦」や「玉砕」が叫ばれていた当時から日本政府内で、皇統を守るために「平和国家」を目指す動きが始まっていたという見方を示している。定説の再考を迫るものといえる。さらに、最近編纂(へんさん)された『昭和天皇実録』も参照しながら憲法制定史に天皇が果たした役割を付け加えたり、戦後、力を失ったはずの軍部がなおも憲法制定に影響を与えていたことを、新たな史料を基に提示したりするなど、憲法制定の「ミステリー」に迫っていく面白さは、推理小説に勝るとも劣らない。

 もちろん、9条の発案者が誰かについては、様々な見方があろうし、今後も研究は続いていくだろう。「憲法70年」を機に、さらに憲法制定の史実解明が進むとすれば、喜ぶべきことだと思わずにいられない。

プロフィル
舟槻 格致(ふなつき・かくち)
 読売新聞調査研究本部主任研究員。専門分野は憲法と政治。憲法を中心とした政治の動きを、政治部で担当。首相官邸のほか与野党、国会、外務省、法務省などを取材し、憲法、衆院選、統括担当の次長を経て現職。著書『政治はどう動くか』(書肆侃侃房)、共著『基礎からわかる 憲法改正論争』(中公新書ラクレ)など。

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2017年4月17日05:20 Copyright © The Yomiuri Shimbun