教育

「なぜか仲良くなれない…」丁寧語・敬語の“盲点”

国立国語研究所教授 宇佐美まゆみ
 「拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます…」。丁寧な言葉はうわべばかり。ビジネスシーンで目にする手紙やメールには「 慇懃 ( いんぎん ) 無礼」な印象を与えるものが少なくない。たとえ、それが本心であっても、敬語や丁寧語を並べただけで相手に伝わるとは限らないし、むしろ逆効果になることさえある。なぜなのか。欧米で注目されるコミュニケーション理論をもとに、国立国語研究所の宇佐美まゆみ教授が解説する。

「なんて奴だ!」

 「なんて奴だ!(What a guy!)」は、イギリスでは侮蔑の、アメリカでは称賛の表現である――。アメリカのSF作家、アイザック・アシモフの言葉です。

 単語三つに感嘆符という、このくだけた言い方は、イギリスでは「会社の金を持ち逃げするとは、なんて(やつ)だ!」というような否定的なニュアンスでよく使われます。しかし、アメリカでは「あんな大変な仕事を1日でやってのけるとは、なんて奴だ!」というように、人を称賛したり、感嘆したりする時に用いられることが多いのです。

 イギリス文化では、人を褒める際は、言葉にもその人を高めるのにふさわしい「丁寧さ」が求められるのに対して、アメリカ文化では、言葉が丁寧かどうかよりも、その人に対する「親しみ」を表現することが重視され、好まれる傾向があります。

 アシモフは、国によって意味合いが180度異なる「What a guy!」を例に、「望ましいとされる人間関係のあり方や、他の人との距離の取り方」には国や文化によって違いがあり、それが言葉づかいに表れることを、ややシニカルに指摘したわけです。

「丁寧」とは違う「ポライトネス」

 言葉づかいや表現が、人間関係にどんな影響を与えるかについての考察の一つに、1980年代後半にアメリカで提唱された「ポライトネス理論」があります。

英語のポライトネス(politeness)は「丁寧さ」や「礼儀正しさ」を意味しますが、「ポライトネス理論」は、敬語や丁寧語といった形式ではなく、実際に言葉が使われたときに、「(そういう話し方をされた人が)心地良いかどうか」という心理面を重視します。日本語の「丁寧」とは意味が異なるため、あえて訳さずにカタカナの「ポライトネス」を使っています。無理にでも日本語をあてるなら、「相手にとって心地よい表現や態度」といったところでしょうか。

 この理論は、コミュニケーション能力と密接に関わっています。年度が替わり、新生活が始まるなど、周囲とのコミュニケーションが特に大切になるこの時期。日常生活のヒントにもなると思うので、ここで詳しくご紹介します。

 ポライトネス理論では、相手との距離を縮めるフレンドリーな言葉の使い方を「ポジティブ・ポライトネス」、相手との間に距離を置く丁寧な言葉の使い方を「ネガティブ・ポライトネス」と呼びます。前者を陽気なアメリカ人好みとすれば、後者は伝統や格式を重んじるイギリス人好みと言えるでしょう。

 なお、ここで言う「ポジティブ」や「ネガティブ」は、「共感されたいという『正の方向(ポジティブ)』への欲求」と「(一定の距離以内に)立ち入られたくないという『負の方向(ネガティブ)』にかかわる欲求」という、二つの「方向性」を表す言葉として用いられています。「ネガティブ」といっても悪い意味、否定的な意味ではありません。


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