社会

「赤ちゃんポスト10年」(1)養親 共に悩み前へ

読売新聞西部本社 赤ちゃんポスト取材班
 親が養育できない子どもを匿名で託せる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)が熊本市の慈恵病院に開設されて、今月10日で10年になった。子を救うのか、捨て子を助長するのか。賛否両論の中でつながった小さな命と、大人たちの葛藤を見つめた。


「産んだお母さん、俺のこと、いらんかったんかな」

  • 病院の一角に作られた「こうのとりのゆりかご」。そばの壁にはマリア像のレリーフが埋め込まれていた(熊本市西区で)=大原一郎撮影
    病院の一角に作られた「こうのとりのゆりかご」。そばの壁にはマリア像のレリーフが埋め込まれていた(熊本市西区で)=大原一郎撮影

 生後間もない男児を扉の奥に寝かせた後、20歳代の女性はその場に立ちすくんだ。

 子どもが置かれたことを知らせるブザーが鳴り、看護師らが駆けつけた。声をかけられた女性は院内の部屋でうつむいて涙を流し、我が子を託した理由をぽつりぽつりと語り始めた。

 育てられない子を宿し、周囲に打ち明けられないまま出産。遠方から一人で、ゆりかごに預けに来た。

 今年4月中旬、小学校低学年に成長した男児は夕暮れの公園を半袖シャツ姿で駆け回っていた。特別養子縁組で法律上の親子になった40歳代の両親と暮らす。公園に迎えに来た育ての母親は、自転車の後ろに座らせるため、男児を抱きかかえた。「(抱っこは)久しぶり」。男児は満面の笑みを浮かべた。

 ゆりかごに預けられた子どもは熊本市の児童相談所が保護し、生みの親が分かった場合は、その居住地域の児相が対応を引き継ぐ。男児は西日本の乳児院で生後10か月まで過ごした。

 両親は、養子縁組を進める団体を通じて男児を知った。「赤ちゃんポストの子です。もう一度、考えて連絡をください」。引き取りを希望した母親に、担当者は電話で告げた。養子となる子どもの背景には複雑な事情があるとは予想していたが、ゆりかごは想定外だった。だが、両親はその夜、決めた。「どんな事情でも子どもには関係ない。2人で育てよう」

 男児は夜泣きが激しかった。日常的に母親をたたき、おもちゃを投げつける時期もあった。親の愛情を試す行動だった。母親はただ、じっと耐えた。

 生みの親がいることは3歳の誕生日に伝えた。その後も「熊本の病院で助けられた」と少しずつ事情を話し、ゆりかごを取り上げたテレビ番組も一緒に見た。

 「産んでくれたお母さんはどこにおるん?」「名前は誰がつけたん?」。大きくなるにつれ、男児は様々な疑問を母親にぶつけた。

 保育園の年長の頃、登園の準備をしていた朝だった。

 「産んでくれたお母さんは、俺のこと、いらんかったんかな」

 男児がふと口にした一言に、母親は胸が締めつけられた。「あなたの命を守りたいと思ったから、ゆりかごに預けたんよ。だから、ママは大好きなあなたと会えた」。男児は母親の腕にぎゅっとしがみついた。

 男児はその後も、同じ言葉をつぶやくことがある。母親はいつも男児を抱き寄せ、同じ答えを繰り返す。

 「ゆりかごに預けられたことを受け入れるために、何度も言ってほしいんだと思う。壁にぶつかるたび、一緒に悩んでいきたい」


「見放されたと思わせない」

 東日本で40歳代夫婦の一人娘として暮らす女児(2つ)は、生後数日でゆりかごに預けられた。

 子に恵まれず、養子を望んでいた両親と女児は2015年4月、児相の紹介で初めて会った。父親は仕事で帰宅が深夜になることも多く、育児の中心は母親。「血のつながらない子を育てていけるのか。うちよりいい家庭があるのでは」。面会や自宅での宿泊体験を重ねたが、母親はなかなか引き取りを決断できなかった。

 「この子はまた、つらい目に遭ってしまう」。その夏、悩み続ける母親に、父親は投げかけた。生みの親に手放され、親子になろうとした夫婦とも一緒に暮らせない。「そんなこと、いけないって分かってる」。涙声で言いながら、母親は女児の人生を背負う責任をひしと感じた。

 昨年末、特別養子縁組が成立した。児相などの調査で、生みの親がどこにいるかは分かったが、家族の存在など詳しいことは知らされていない。残されていたのは、ゆりかごに預けられた時に着ていた花柄のベビー服など、わずかな衣類だけだ。

 女児は両親の膝の上を行き交いながらお絵かきをし、時にはいたずらをして2人を困らせる。両親は、もう少し成長したら生みの親がいることを話すつもりだが、ゆりかごのことをいつ、どう伝えるか、答えはまだない。

 「生みの親に『見放された』と娘が思わないように」。それだけは心に決めている。


「生活困り託す」最多21%

 ゆりかごは2007年5月10日に運用が始まった。病棟裏側にあり、外部からは塀で遮られている。病棟の壁に取り付けられた小さな扉を開けて中の保育器に子どもを置き、扉を閉めると自動的にカギがかかり、職員が子を保護する。

 熊本市が公表している15年度までの利用状況によると、預けられたのは125人で、08年度の25人が最多。思い直した親などが引き取ったのは14人で、その他は乳児院や特別養子縁組をした家庭などで育つ。

 新生児を想定していたが、最初に託されたのは3歳の男児で、1歳以上はこの男児を含めて7人。預けられた年に親の居住地が分かった95人のうち、九州が最多の39人で、関東22人、中部11人、近畿10人だった。

 13年度までの利用状況をまとめた市の報告書によると、預けた理由(判明分)は「生活困窮」が21%で最も多く、「未婚」と「世間体など」が17%で続いた。

 ゆりかごを検証する市専門部会メンバーの三渕浩・熊本大病院特任教授は「出自を知る子の権利を守り、予期せぬ妊娠に悩む女性の支援態勢を整えるためには、預けた人の追跡調査を徹底し、背景を丁寧に分析する必要がある」と指摘する。


プロフィル
赤ちゃんポスト取材班
 読売新聞西部本社の入社5年目から15年目の記者3人が担当。約半年間かけて慈恵病院の関係者や、こうのとりのゆりかごに預けられた子どもの養親らから話を聞き、赤ちゃんポストの先進地・ドイツでも取材を行った。

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