文化

ドラマも話題「アキラとあきら」、池井戸潤氏に聞く

小説家 池井戸 潤
 ベストセラー作家の池井戸潤さんがこのほど、最新作「アキラとあきら」(徳間書店)を出版した。生まれも育ちも異なる2人の主人公が、社会人となって人生を交差させ、ドラマチックな展開を見せる青春巨編である。この作品が生まれた経緯や人気作家としての日々の仕事の様子などについて池井戸さんに聞いた。(聞き手 読売新聞メディア局編集部次長 中村宏之)

10年寝かせた「渾身の作品」

――しばらく眠っていた作品だそうですが、出版までにどんな経緯があったのですか

 10年以上前、銀行小説とか銀行ミステリーの書き手と言われていた時期があって、「銀行ものはこれで打ち止めにしよう」と思い、最後に渾身(こんしん)の作品を書こうと文芸誌に連載したものです。一応書いたのですが、後半が気に入らず、でもそれを直すとかなりの時間がかかることも分かっていたので、そのまま10年ほど置いていました。その後、ドラマ化したいというお話を頂いて、昨秋からあらためて書き直しました。当初、(原稿用紙)1500枚ぐらいあったのですが、700枚を削って後半を中心に500枚書き足して、もう一度300枚ぐらい削り、さらに100枚書き足して最終的に1000枚ほどの小説になりました。集中的に書いたので改稿が大変でした。

――経済小説の雰囲気もありますが、実際はエンターテインメント小説になっています

 完全にエンターテインメント小説ですね。実は経済小説を書こうという気はないんです。たまたま舞台が会社なのでそういう風に読めると思うし、実際、経営に悩んでいる企業があれこれ直面する話でもあるので、財務とか経営の危機とか、経済小説風に読めるという人もいるのでしょうが、エンターテインメント小説として書いています。

――池井戸さんは銀行ご出身ということもあって「経済小説の書き手」というイメージを持つ方も多いのではないでしょうか

 僕自身は意識していませんが、読む側はどうしてもレッテルを貼りがちで、作家としてはそのレッテルとの戦いという日々です。経済小説や企業小説はそれまで書かれたものや実際にあったことをモデルしたものが多いですが、自分ではもっと今までにないタイプの小説を目指したいと思っています。単なるエンタメとして読んでもらいたいと思いますが、なかなかそのあたりの壁が超えられない。書き手と読み手の側の意識のずれは、いまだにあります。

――舞台設定はバブルの頃で、当時の記憶を思い出しながら読ませてもらいました。あの時代を選ばれたのは、ご自分の世代でもあるからですか

 自分が過ごした時代でないと正確に書けないし、しかも(主人公の)性別も男でないと書けません。花咲舞は、仕事をする場面だけ描いていて、内面は描かないので、なんとか書けています。人間を書く時には、自分に近い世代を書くのが一番正確だと思います。小説を書くときに絶対ミスしてはいけないのは、キャラクターの破綻です。自分の世代の人物像や同じ性別の設定ならばそれはない。女性の視点は、女性が読んだ時に違和感があることが多いので気をつけています。

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2017年7月6日11:00 Copyright © The Yomiuri Shimbun