文化

大宅賞作家が記録した3・11後の「霊体験」

読売新聞メディア局編集部 伊藤譲治
 東日本大震災で家族を失った人たちの不思議な体験を記録した『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』(新潮社)が注目を集めている。2月の刊行から約5か月間で10刷と版を重ね、計4万1000部に達している。著者は、大宅壮一ノンフィクション賞も受賞しているノンフィクション作家の奥野修司さん(69)。ノンフィクションの題材にそぐわない「霊体験」を、なぜ選んだのか。取材や出版の経緯などについて奥野さんに聞いた。

死後、兄から届いたメール…熊谷常子さんの体験

  • (写真はイメージです)
    (写真はイメージです)

 多いのは、携帯電話にまつわる不思議な話だという。たとえば、岩手県陸前高田市の熊谷常子さん(60=年齢は取材時)のケース。

 3人きょうだいの熊谷さんは、兄の小友利美(としみ)さん(享年56)を津波で亡くした。1歳違いで、双子のように育った兄だった。利美さんは震災の年の1月から盛岡市の岩手医大に入院。2月末に初期のALS(筋萎縮性側索硬化症)とわかり、リハビリ以外に治療することはないと言われ、地元の高田病院に転院した。3月11日は五十数日ぶりに、自宅に一時退院していた日だった。

 利美さんの遺体が確認されたのは震災から約3か月半後の6月30日で、津波で流された母屋の中から見つかった。発見されたのは夕方の午後5時を過ぎていたため、翌7月1日に死亡届を出すことになった。

 常子さんは従妹(いとこ)と一緒に市役所に向かったが、不思議な体験をしたのはこのときだったという。

「朝八時半でした。役場で死亡届を書いているときにメールを知らせる音が鳴ったんです。従妹が『電話だよ』と言ったので、『これはメールだから大丈夫』と言って、死亡届を書き終えて提出しました。そのあと受付のカウンターでメールを開いたら、亡くなった兄からだったんです。
《ありがとう》
 ひと言だけそう書かれていました。
『お、お兄ちゃんからだよ』
『ええ、だってぇ……』
 私も従妹もどう言葉にしたらいいかわからず、そこで茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしていました」

(「兄から届いたメール《ありがとう》」から)

 7月4日の火葬の際に兄の友人たちに兄の最後のメールを見せようと思って携帯を開いたら、メールは消えていた、という。

おもちゃを動かす3歳児…遠藤由理さんの体験

 おもちゃにまつわる不思議な話もある。

 宮城県石巻市の遠藤由理さん(42=年齢は取材時)は、津波で3歳9か月の長男・康生(こうせい)ちゃんを失った。康生ちゃんは目がクリクリとした、とても愛らしい子どもだった。震災から約1か月後、遺体は見つかった。震災後、遠藤さん一家は「みなし仮設住宅」に住んでいたが、不思議な体験をしたのは、震災から2年たった頃。「康ちゃん、どうしてるんだろ。会いたいなあ」という思いが頂点に達したときだったという。

「二〇一三年のいつでしたか、暖かくなり始めた頃でしたね。あの日、私と中学生の娘と主人と、震災の翌年に生まれた次男の四人で食事をしていたんです。康ちゃんと離れて食べるのもなんだから、私が祭壇のほうを振り向いて、
『康ちゃん、こっちで食べようね』
 そう声をかけて『いただきます』と言った途端、康ちゃんが大好きだったアンパンマンのハンドルがついたおもちゃの車が、いきなり点滅したかと思うと、ブーンって音をたてて動いたんです」
 (中略)
『康ちゃん、もう一回でいいからママにおもちゃ動かして見せて』
 心の中でお願いしたんです。そしたらまた動いたんですよ。
『康ちゃん、ありがとう』
 こんな近い距離で私たちを見てるんだ。そう思ったとき、昔から私に『笑って、笑って』とひょうきんな顔をしたのを思い出しましてね。そうだ、私も笑わなきゃだめだ、頑張らなきゃだめだと思ったのです」

(「『ママ、笑って』――おもちゃを動かす三歳児」から)

 同書にはこのほか、夫や父母、孫など、亡き人との「再会」ともいえる16の物語が収められている。

 奥野さんが被災地の「霊体験」を聞き取ろうと思い立った理由は、何だったのか。

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