文化

大宅賞作家が記録した3・11後の「霊体験」

読売新聞メディア局編集部 伊藤譲治

きっかけは緩和ケア医・岡部健さんとの出会い

  • 著者の奥野修司さん
    著者の奥野修司さん

 奥野さんは1948年、大阪府生まれ。2005年に出版した『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で、大宅壮一ノンフィクション賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞した。『ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年』『心にナイフをしのばせて』などの著書もあり、昨年度まで大宅賞の選考委員(雑誌部門)も務めたベテラン作家だ。

 そんな奥野さんが、「霊体験」という、ノンフィクションにはなじまないテーマを選んだのは、宮城県の医師・岡部(たけし)さんとの出会いがきっかけだった。岡部さんは2000人以上を看取(みと)った在宅緩和医療のパイオニアで、震災の翌年、奥野さんは岡部さんにインタビューした『看取り先生の遺言』を書くため、仙台市の自宅を毎週のように訪れていた。岡部さんに胃がんが見つかり、余命10か月と宣告されながら、会ったときはすでにその10か月が過ぎていた。

 岡部さんとさまざまな話をする中で、奥野さんが注目したのは「お迎え」という現象だった。「お迎え」とは、死の間際に、すでに他界している父や母の姿などを間近に見る現象で、医学的には譫妄(せんもう)(意識レベルの低下による認識障害)や幻覚とされる。「お迎えって信じますか?」とたずねたところ、岡部さんはじろっとにらみ、こう言ったという。「お迎え率って知らねえだろ。うちの患者さんの42%がお迎えを経験してるんだ。お迎えを知らねえ医者は医者じゃねえよ」と。

「被災者の2割が幽霊を見た」とも

 当時、被災地では「幽霊を見た」という話がたくさんあった。被災者の2割が見ている、と岡部さんは知り合いの医師から聞いたという。「2割といえば大変な数だ。これはお迎えと同じだ。きちんと調べたほうがいい」と提案されたものの、奥野さんは気乗りがしなかった。ノンフィクションのテーマとして、検証できず、再現性がないものはなじまないと考えたからだ。

 それからしばらくして、こんな話もあると岡部さんが語った老婦人の話が奥野さんの心を揺り動かした。

 石巻のあるおばあさんが、近所の人から「あなたのところのおじいちゃんの霊が十字路に出たそうよ」と聞き、「私もおじいちゃんに会いたい」と、毎晩その十字路に立っている――というものだった。「それまでは、『幽霊』を見たら怖がるものとばかり思っていましたが、家族や恋人といった大切な人の霊には、怖いどころか何度でも会いたいと望んでいたのです。ここには『家族の物語』があり、『霊』をめぐる家族の物語を書いてみたいと思ったのです」と振り返る。

 岡部さんに背中を押されるようにして、奥野さんはついに「霊体験」の取材をする決意を固める。それから3か月後の2012年9月、岡部さんは62歳で亡くなった。

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2017年8月10日05:20 Copyright © The Yomiuri Shimbun