文化

大宅賞作家が記録した3・11後の「霊体験」

読売新聞メディア局編集部 伊藤譲治

「死者と生きる」…文芸誌「新潮」に連載

 奥野さんが取材を進めていた15年の1月、奥野さんが取り上げられた記事をインターネット上で偶然見つけたのが文芸誌「新潮」の矢野(ゆたか)編集長(52)だった。「被災地で幽霊話を取材」という見出しが付いた宮城県の地方紙・河北新報のインタビュー記事で、奥野さんが「被災地で犠牲者の霊を見た家族や知人から聞き取りを進めている」という内容だった。

 矢野さんは、奥野さんが1995年に新潮社から出版したノンフィクションのデビュー作『ねじれた絆』の担当だった編集者。久しぶりに目にする奥野さんの記事を読んで強い刺激を受け、すぐに連絡をとった。「奥野さんの書くものは、『想像力と言葉』の本質に関わる、とても重要な作品になると思った。何枚でもいいし、何回でもいいから書いてほしいとお願いした。制約はつけなかった」と振り返る。

 奥野さんの作品は「死者と生きる――被災地の霊体験」というタイトルで、震災から5年目にあたる16年の「新潮」4月号に発表され、その後、9月号、10月号に計3回連載された。矢野さんは、「心がへし折れるようなことがあったとき、失われたものを回復しようという精神の営みが人間にはあり、再会という物語を生むんだということを奥野さんの作品は伝えている。これは、奥野さんという書き手、ノンフィクションというアプローチでしかできなかったことだと思う」と評する。

霊体験とは「グリーフケア」

  • 『魂でもいいから、そばにいて』(左)と「死者と生きる」の連載1回目が掲載された「新潮」2016年4月号
    『魂でもいいから、そばにいて』(左)と「死者と生きる」の連載1回目が掲載された「新潮」2016年4月号

 3年半にわたる取材を通してわかったこととは何か。「最初は気づかなかったのですが、霊体験とは『グリーフケア』(悲しみのケア)ではないかと思います。グリーフケアの『ケア』とは、『セルフケア』の『ケア』です。自分がいちばん納得する物語を(つく)り、自らをケアする行為ではないでしょうか」と指摘。「人は物語を生きる動物です。最愛の人を失ったとき、(のこ)された人の悲しみを癒やすのは、その人にとって『納得できる物語』です。納得できる物語が創れたとき、遺された人は初めて生きる力を得る。霊体験とは、断ち切られた物語を紡ぎ直すきっかけなのではないかと思います」と語る。

 『魂でもいいから、そばにいて』は、「新潮」の連載と別冊現代「G2」第19号に掲載した「被災地の奇跡」をまとめ、「春の旅」「夏の旅」「秋の旅」という構成にした。これから、残る「冬の旅」を書いて霊体験をめぐる旅を完結させたい、という。

 「『霊体験』そのものは事実かどうか証明できませんが、体験した当事者にとっては『事実』です。彼らの体験を非科学的と否定せず、普通に受け止める社会になってほしい。人間は合理性だけで生きているのではない。非合理的な存在でもあることに気づいてほしいと思います」

 1万8000人を超える死者・行方不明者を出した東日本大震災から6年。被災地に、7度目のお盆が間もなく訪れる。

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プロフィル
伊藤 譲治( いとう・じょうじ
 読売新聞編集局配信部兼メディア局記者。文化部次長、紙面審査委員(文化面担当)を経て、昨年6月から現職。文化部時代は教育、読書・出版、放送などを担当。

2017年8月10日05:20 Copyright © The Yomiuri Shimbun