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頑張るより、もがけ! 川相・巨人三軍監督の教え

読売新聞編集委員 三宅宏
 日本のプロ野球では現在、巨人、ソフトバンク、広島の3球団が三軍制度を採用している(広島はリハビリ中心で監督不在)。三軍にはイースタン・リーグのような定型のリーグ戦はない。巨人の場合は実戦経験を増やすため、独立リーグのチームと戦うことが多く、時には大学のチームと試合を組むこともある。三軍とはどんな存在で、どうあるべきなのか。川相昌弘・巨人三軍監督(52)にたっぷり聞いた。

土台ができないことには、幹や枝葉はできない

  • 練習前の選手に訓辞をする川相三軍監督(2017年8月15日、本間光太郎撮影)
    練習前の選手に訓辞をする川相三軍監督(2017年8月15日、本間光太郎撮影)

 巨人は2016年に三軍制度を発足させた。その最初の指揮を任されたのが川相監督だ。中日のコーチを経て、巨人で二軍監督、一軍ヘッドコーチを務めた後の就任だった。現役時代から「怠慢をしない。当たり前のことを当たり前にやる。手を抜かない」をモットーにしている川相監督に若手指導を任せるのは適材適所といえる。就任に際して球団からは、「チームの底上げプラス育成選手を育ててほしい」と言われたという。

 「力のない選手の集まりを何とかして育て上げる。育成選手なら支配下選手に育てる。そういう役割だと思った。厳しい環境のなかで選手を育て上げていく。最初というのはスケジュールも何も分からないが、二軍監督をやっていたし、三軍の初代監督は、自分にとってもいい経験だと思った。チームは若い選手を育てなければいけない時期にきていると思っていたので、『いっちょうやってやろう』と張り切る気持ちはあった」

 「三軍ではプロとしての基礎を作らないといけない。下手ではないが、足りない部分もある。いくら高校でよくても、大学でよくても、プロとアマの違いはある。プロはプロとしての下地を固めて土台ができないことには、幹や枝葉はできない。そこをしっかりしないと、何年やってもうまくいかない」

 1983年に入団した川相監督は二軍スタートだった。岡山南高時代は投手で、入団直後に野手に転向した。ショートのレギュラーを勝ち取るまで、スイッチヒッターに挑戦したり、外野を守らされたりしたこともある。下積みの苦労は知っている。

 「自分もプロに入った当時のことはずっと覚えている。プロ選手としての自分を作り上げてくれたのは、二軍の監督でありコーチだった。最初が肝心。あの時がなかったら、プロ選手としての川相昌弘は作り上げられなかったと思う。入って1年目、2年目のうちに、巨人軍の選手しての考え方を学んでいく。3年目までがポイント。基礎を固めてプロとしての考え方を自分のものにしないといけない。そこをしっかり教えていきたい」

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