文化

西郷どんの運命を変えた「危険なダイエット」

読売新聞編集委員、BS日テレ「深層NEWS」キャスター 丸山淳一
 現代の日本では、40歳以上の男性の2人に1人、女性の5人に1人がメタボリック症候群かその予備軍とされる。さかのぼること約150年、維新の英雄「 西郷 ( せご ) どん」こと西郷隆盛も同じ悩みを抱えていた。現代人と同様、ダイエットに取り組むのだが、その方法は平成の世ではとても認められない過激なものだった。

西郷を悩ませた現代の国民病

 「深層NEWS」では政治、経済などのほかに、健康や老後に関するさまざまなテーマも取り上げている。おかげで私も「隠れ高血糖」の兆候があり、血管の老化が進んでいることが分かった。食べ過ぎと運動不足、不摂生な生活をしてきたツケが加齢とともに出てきているようだ。要するに、典型的なメタボ(メタボリック症候群)だ。

 メタボは現代病かと思ったら、西郷隆盛(1828~77)も苦しんでいた。西郷は巨漢だったが、若い頃は貧乏で粗食に耐え、沖永良部島に流された時は食べ物を満足に与えられなかった。討幕に奔走していた時も肥満とは無縁だっただろうが、40歳を過ぎて新政府の参議となり、高い俸禄を得てデスクワークをするようになると、たちまち太り始めた。

 西郷は、薩摩の郷土料理「豚骨」に目がなかった。今の一般的な豚骨のイメージとは異なり、骨付き豚肉のぶつ切りを桜島大根と一緒に鍋で煮込み、黒糖や麦味噌(みそ)、焼酎で味付けしたもので、相当なカロリーがあった。白米やウナギの蒲焼(かばや)きもよく食べ、下戸で甘い砂糖菓子も好物だったというから、太るのは無理もない。今も残る軍服のサイズから推測される西郷の身長は178センチ、体重は108キロもあったという。

 高脂血症による動脈硬化のためか、胸の痛みを訴えるようになり、心配した明治天皇(1852~1912)は、ドイツから招いた天皇の侍医、テオドール・ホフマン(1837~94)に西郷を診察させた。

 天皇の命だから、結果にコミットしないわけにはいかない。西郷をメタボと診断したホフマンは過激なダイエットを課し、これが西郷の運命を変えた、という説があるのだが、その顛末(てんまつ)を記す前に、天皇の侍医になぜドイツ人の医師がついていたのか説明する必要がある。新政府がホフマンを招いた理由は、当時の国民病だった脚気(かっけ)の治療だった。 

2018年3月7日05:20 Copyright © The Yomiuri Shimbun