科学

究極の優良品種を生む?ゲノム編集の可能性と課題

読売新聞調査研究本部主任研究員 佐藤良明
 「ゲノム編集」という言葉をよく耳にするようになった。遺伝子を人工的に改変する技術のことで、これを品種改良に活用し、収量や品質の優れた農水産物を作り出す研究・開発が急速に進んでいる。「栄養満点」「食べたら病気を防げます」――といった「理想の品種」の誕生にまで期待は膨らむ。大いなる可能性を感じさせるゲノム編集技術とは一体どんなものなのか。ゲノム編集食品はいつ私たちの食卓に上るのか。一方でこの技術にはどのような課題があるのか。ゲノム編集を巡る最近の状況をお伝えする。

ゲノム、遺伝子、DNA……

 まずは「ゲノム」という言葉から、お話を始めよう。

 生物の生命活動は、細胞の中に毛糸玉のように畳み込まれている遺伝情報が担っている。この遺伝情報全体を「ゲノム」といい、人間のゲノムなら「ヒトゲノム」、イネのゲノムなら「イネゲノム」と呼ぶ。

 ゲノムはDNA(デオキシリボ核酸)という物質でできている。DNAは塩基と呼ばれるさらに小さな4種類の物質が並んで形作られている。4種類の塩基は通常、A、C、G、Tのアルファベットで表され、この4種類の塩基の配列で働きが決まってくる。DNAの塩基配列のうち、生命活動を担うたんぱく質を作る部分を「遺伝子」と呼び、その前後の配列には、遺伝子の働きを強めたり弱めたりする調節領域もある。

  • 「クリスパー・キャス9」を開発したジェニファー・ダウドナ博士(左)とエマニュエル・シャルパンティエ博士
    「クリスパー・キャス9」を開発したジェニファー・ダウドナ博士(左)とエマニュエル・シャルパンティエ博士

 日本語では「ゲノム編集」の言葉で定着したが、英語表記は「Gene Editing」(遺伝子編集)。ゲノムの中で「ある機能を持つ」遺伝子を切断し、その働きを封じて、私たちの望み通りに生物が変わるようにする技術だ。こうした研究は1980年代から本格化したが、今一番注目されている改変技術は、2012年に論文発表された「CRISPR/Cas9」(クリスパー・キャス9)という手法だ。やり方が簡単でお金がかからないという二つのメリットがあり、ゲノム編集技術といえば「クリスパー・キャス9」を指すといってもいいほど、研究現場には爆発的に普及した。この技術を開発した米仏の女性科学者2人はノーベル賞が確実視されている。

「筋肉マダイ」は量産化目前

 では、ゲノム編集技術を農林水産業に応用するとは、どういうことなのだろう? それは、「品種改良の精密さとスピードを大幅にアップし、今よりも優れた農水産物を生み出す」ことを指す。

 実際の取り組みを見てみよう。

  • ゲノム編集マダイ(上)。普通のマダイ(下)に比べ腹回りが大きく育っている(木下政人・京都大学助教提供)
    ゲノム編集マダイ(上)。普通のマダイ(下)に比べ腹回りが大きく育っている(木下政人・京都大学助教提供)

 京都大学などの研究チームは、マダイとトラフグにゲノム編集技術を応用し、ミオスタチンという筋肉細胞の分化・成長を抑える遺伝子を働かなくした。この遺伝子があるために、マダイやトラフグは魚体の大きさに歯止めがかかり、私たちが日ごろ目にするサイズになっているわけだが、遺伝子を働かなくすると丸々太った個体が誕生する。

  • ゲノム編集したトラフグ(上)と通常のトラフグ(木下助教提供)
    ゲノム編集したトラフグ(上)と通常のトラフグ(木下助教提供)

 こうして生まれたマダイは、見た目から「マッスル(筋肉)マダイ」というニックネームもついた。研究チームがCT撮影したところ、可食部分(筋肉)が通常の1・2倍になっていた。肉厚であることは売る側からすればセールスポイントになるし、消費者にとっても魅力的だ。ゲノム編集マダイはこの春、産卵できるところまで育った。研究を主導する京大の木下政人助教は「量産化の準備は整った」と話している。

2018年5月1日12:00 Copyright © The Yomiuri Shimbun