箱根への道

東大最速男・近藤&青学エース・下田…同郷の個性派2人のライバル物語

  • 箱根駅伝に向けて合同練習に励む下田(左)と近藤(カメラ・清水 武)(スポーツ報知)
    箱根駅伝に向けて合同練習に励む下田(左)と近藤(カメラ・清水 武)(スポーツ報知)
  • 下田(右)と近藤は中学時代の思い出から将来の夢まで熱く語り合った(スポーツ報知)
    下田(右)と近藤は中学時代の思い出から将来の夢まで熱く語り合った(スポーツ報知)
  • 個性派ライバル徹底比較(スポーツ報知)
    個性派ライバル徹底比較(スポーツ報知)

 ともに静岡県東部出身で同い年の青学大の下田裕太(4年)と東大の近藤秀一(3年)が18~19日、千葉・富津市で合同合宿を行い、箱根駅伝(来年1月2、3日)へ強化を図った。箱根V4を目指す青学大の合宿に関東学生連合のエースとして期待される近藤が特別参加。“個性派”のライバル同士は文字通り「同じ釜の飯」を食べながら、互いを鼓舞。出会いから中高生時代の思い出や将来の目標まで熱く語り合った。

 マラソン10代日本最高記録を持つ下田と文武両道を貫く近藤。2人は親友であり、ライバルでもある。近藤は1浪しているため現在の学年は異なるが、もともとは同学年。出会いは2010年12月、静岡・小山町の富士スピードウェイで行われた富士マラソンフェスタ。4・4キロのサーキットコースを走る中学生の部で近藤が14分19秒で優勝。下田は23秒遅れの3位。その表彰式で初めて言葉を交わした。

 下田(以下、下)「富士スピードウェイで『どこの中学?』とか、そんな話をしたことを覚えている」

 近藤(以下、近)「下田と同じ中学の室伏(穂高)君(現日体大3年)が2位だった。2人が楽しそうに話しているところに僕も交ぜてもらった」

 たわいもない会話から友情が始まった。下田は加藤学園高、近藤は韮山高へ進学。同じ静岡県東部地区のため、大会や合同練習で顔を合わせることが多くなり、親交は深まった。

 下「近藤は実力が同じくらいで、すごく気になる選手だった。話してみると、すごくいいヤツだし、すごく頭がいいから話していて楽しかった」

 近「冬の合同合宿で下田は1日100キロ以上も走っていた。『こんなに頑張れる選手がいるのか』と」

 高校時代、思い出に残るレースが3年時の県大会5000メートル。下田は4位で東海大会進出を決めたが、不調の近藤は惨敗した。

 下「近藤、メチャ泣いていたよな」

 近「下田と一緒に東海大会で戦いたいと思っていたから。『オレ、何やってんだろう』と情けなかった」

 下田も東海大会で敗退し全国大会に出られなかったが、2人はチームメートの応援で全国大会が行われた大分へ出向いた。

 下「会場の外で一緒に走ったね」

 近「だんだんペースが上がっていってキツかった」

 夏の努力は秋に実を結んだ。全国高校駅伝の県予選。エース区間の1区(10キロ)で近藤が30分53秒で区間賞。下田は16秒差の2位に続いた。

 近「会心のレースだった。力を出し切れた」

 下「近藤がガンガン引っ張って必死に食らいついていった。その結果、優勝を争っていた他校を大きく引き離せて、加藤学園が初めて全国に行けた。『近藤、ありがとう』という感じだった」

 2人は14年春に高校を卒業し、近藤は箱根駅伝常連校のスポーツ推薦入学を断り、日本最難関の東大を受験するも不合格。浪人生活に入った。青学大に入学した下田は着実に自己ベストを更新し続けたが、黄金時代を迎えたチーム内で埋没。1年時の15年、青学大は箱根路初制覇を果たしたが、Vメンバーに名を連ねることはできなかった。翌年、近藤は東大理科2類に合格した。

 下「頭がいいことは知っていたけど、東大って。合格と聞いた時は驚いたし、感動した」

 近藤は浪人時代、毎日10時間も勉強しながら20~25キロを走り込んでいたためブランクの影響はなし。10月の予選会20キロでは個人73位に入り、関東学生連合チームに選出された。下田は大学駅伝界の王者となった青学大で頭角を現し、2年時の16年箱根駅伝では8区区間賞で2連覇に貢献した。近藤は連合の登録メンバー16人には入ったが、10人の出場メンバーから外れた。

 近「あの時、僕は8区で連合チームの付き添いをしていて、首位で颯爽(さっそう)と走り出す下田を目の前で見た。『あの下田が箱根駅伝で区間賞か』と感慨深かったし、うれしかった。劣等感はなかった。『どうやって下田に追いつくか』とワクワクしながら考えた」

 下田は16年2月の東京マラソンで10代マラソン日本最高記録となる2時間11分34秒で日本人2位の10位に食い込んだ。

 近「普通だったら諦めるところかもしれないが『まだ、追いつける。僕も来年の東京マラソンに挑戦しよう』と前向きに思った」

 翌17年2月の東京マラソン。2人は直接対決するはずだったが下田は右膝痛で欠場、近藤は2時間14分13秒で27位。“不戦敗”を喫した下田は素直に近藤の強さをたたえる。箱根常連校の学生は選手寮で競技に集中できる環境で生活しているが、近藤は都内のアパートでひとり暮らしで自炊している。合宿費を稼ぐために家庭教師のアルバイトもこなしている。

 下「故障や不調で心が折れそうになった時、選手寮では同期や先輩、後輩がすぐ近くにいるから乗り越えられるシステムがある。でも、それがひとり暮らしだったら…。僕は乗り越えられるかな。近藤はすごい。尊敬するよ」

 高校卒業から4年目。いよいよ一緒に箱根路に立つ。近藤は関東学生連合のエースとして1区が濃厚。2年連続8区区間賞の下田がどの区間を走るかが注目される。

 近「まず、出場することが重要。出場できたら、ここまでの陸上人生で積み上げてきた成果を出したい。僕は1区を走りたいと思っている。下田にも1区を走ってほしいけど」

 下「来年の1月3日までは駅伝だけを考えたい。力を出し切れなかった全日本大学駅伝(3位)の二の舞いだけはしたくない。チームが勝つことを最優先に考えれば僕の1区はないかな」

 箱根駅伝で直接対決の可能性は低いが、来年2月の東京マラソンでは同じスタートラインに立つ。

 下「目標は2時間10分台。MGC(20年東京五輪代表選考会のマラソングランドチャンピオンシップ)を狙える位置を目指したい。近藤に絶対に勝ちたい、とかいう意識はない。兄弟みたいな感じだからかな」

 近「僕も2時間11分を切りたい。下田とは互いに力を出し切れればいい。勝った負けた、を超越している感じ」

 来春、下田は大学を卒業しGMOアスリーツに進む。最終学年を迎える近藤はすでに複数の実業団からオファーを受けている。大学院進学か、実業団に進むか思案中だ。

 下「究極の目標は日本で一番、影響力のある選手になること。そのためには結果が必要なので、五輪でメダルを目指す。20年東京五輪、24年パリ五輪、さらにその先の32歳で迎える28年五輪までチャンスがあると思っている」

 近「僕はできると思うことしか口に出せない。だから20年東京五輪が目標とはいえない。でも、最終的に目指すべき目標は五輪」

 互いを認め合う下田と近藤。2人の個性派ランナーのライバル物語は続く。(取材・構成 竹内 達朗)(スポーツ報知)

2017年11月22日15:00 Copyright © The Yomiuri Shimbun