感動と勇気 メダル10個

平昌冬季パラリンピック閉幕

  • イラスト・スパイスコミニケーションズ(おがたたかはる)
    イラスト・スパイスコミニケーションズ(おがたたかはる)

 韓国かんこくおこなわれていた障害者しょうがいしゃスポーツのふゆ祭典さいてん平昌ピョンチャン冬季とうきパラリンピックが閉幕へいまくしました。冬季大会たいかいではもっとおおい48の国や地域ちいきから約570人の選手せんしゅ参加さんかし、熱戦ねっせんひろげられました。

 パラリンピックは負傷ふしょうした兵士へいしのリハビリのために1948年にイギリスでひらかれたスポーツ大会が起源きげんとされています。第1回冬季大会は76年にスウェーデンで開かれました。

 平昌大会では9日から18日の間にアルペンスキーやクロスカントリースキーなど6競技きょうぎ80種目しゅもくが行われ、日本選手はくるまいすカーリングをのぞく5競技に出場しゅつじょうしました。

 日本は前回ぜんかい2014年ソチ大会の6える「7個以上いじょう」が目標もくひょうでしたが、これを上回うわまわきん3、ぎん4、どう3の合計ごうけい10個のメダルを獲得かくとくしました。

限界への挑戦

 活躍かつやく目立めだったのは、アルペンスキー女子じょしで、すわってすべるクラスの村岡桃佳むらおかももか選手。大回転だいかいてん座位ざい)での金など出場全5種目でメダル(金1、銀2、銅2)を獲得し、1大会5個のメダルは冬季大会で男女だんじょつうじて日本選手最多さいたです。

 村岡選手は4さいとき原因不明げんいんふめい病気びょうきあしがまひして車いす生活せいかつになりました。

 中学ちゅうがく2年でチェアスキーをはじめ、障害者ではじめて伝統でんとうある早稲田大わせだだいスキーに入りました。「自分じぶんおもっている限界げんかい本当ほんとうの限界ではない」と挑戦ちょうせんし続け、快挙かいきょげました。

 スノーボード男子だんしで、下半身かはんしんに障害のあるクラスに出場した成田緑夢なりたぐりむ選手は、3回滑って最もいタイムをきそうバンクドスラロームで金メダルにかがやきました。2人1組で着順ちゃくじゅんを競うスノーボードクロスでも銅メダルでした。

 13年はる、フリースタイルスキー・ハーフパイプの世界せかいジュニア選手権せんしゅけん優勝後ゆうしょうご、トランポリンの練習中れんしゅうちゅう左足ひだりあしおおけがしました。「あるける確率かくりつは20%と言われたぼくが金メダルをれた。それがだれかのひかりになればと思う」とはなしています。

 これまでの冬季大会では3番目ばんめに多いメダルを獲得した日本選手だんですが、オランダなどパラリンピック先進国せんしんこくくらべて世代交代せだいこうたいが進まないなど、今後こんご課題かだいえてきました。

 次回大会じかいたいかいは22年に中国ちゅうごく北京ペキンで開かれます。世界中の人々ひとびと感動かんどう勇気ゆうきあたえたパラアスリートたちの熱戦と、日本選手の活躍に期待きたいしましょう。

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