私の「発言」

(3)相手のいいところを数えられる「晩婚」もお勧め… 増田明美さん 

 発言小町でホットな話題のひとつが“アラフォー婚活問題”。子どもを産めるタイムリミットは気になるものの、出会いも思うようになく…。女性たちの悩みは尽きません。周囲から「晩婚アドバイザー」と呼ばれているという増田明美さんに、ご自身の体験などを伺いました。

 ――増田さんは41歳で結婚されたということですが、どんな出会いだったのですか?

 増田明美さん)ミュージシャンのサンプラザ中野くんがキューピッドなんです。中野さんと私が共著「走る塾――健康&ダイエット、人生までも楽しくなる 快適ランニング入門」(青春出版社)を出版した際、食事会に中野さんの友人として夫が出席していました。夫は友人たちから「段取り君」とニックネームを付けられているぐらい段取り上手でこまめな人だから、中野さんは私と合うんじゃないかと思っていたみたいです。

 ――最初から、この人と結婚するのでは…という予感みたいなものはありましたか。

 増田)全然。夫のことを覚えていないぐらいでした。でも、その後に会ってみたら、何時間も話題がつきなかった。一緒にいてすごく呼吸が楽だったんですね。

 ――出会いはどこにあるかわからないものですね。

 増田)本当ですね。私は「晩婚アドバイザー」と呼ばれるぐらい、「晩婚はいいよ」と周囲に勧めているんです。いい夫と巡り合えた、ということもありますが、20~30歳代のころは、相手に対して「こうじゃなきゃいけない」という条件みたいなものを何となく付けているんですよね。条件は、学歴とか、会社とか、人によって違いますが。その条件に足りないところが見えてくると、いつの間にか「マイナス何点」と考えてしまいがちでした。

 ――確かに……。

 増田)漠然と「35歳までに結婚しなかったらもう結婚しないかな」と思っていたんです。だから夫と41歳で出会ったときには、結婚したいという気持ちはあまりありませんでした。ただ、自分ももう41歳か、自分もこんなもんだから、相手だってこんなもんだという感じで、「こんなもんだ、こんなもんだ」と相手を受け入れやすい考え方になってきていました。そう考え始めると、逆に相手のいいところをどんどん数えていけるようになりますね。

 ――自分のことも見えてきて、マイナス点が気にならなくなった時期が、アラフォーだったんですね。

 増田)そう。それが20歳代、30歳代と全然違うところ。夫はどうだったのかと聞いたら、1歳年下の夫は離婚経験者だったから、苦しい思いもしたし、彼自身も幸せになりたいという思いがあったと言っていました。だから、本当に良いタイミングで出会えたことが大きかったです。

 ――増田さんが20~30歳代のころ、相手に求めていた点はなんだったのですか。

 増田)私はいろいろなことの基礎的な知識があまりないと自覚しているので、頭のいい人が好きだったのです。中途半端に頭がいいというよりも、とことん頭がいい人が好きでした。自分に足りない分を埋めてもらうためにね。だから、ちょっとでも頭がよくないなと感じると、「やっぱり、たいしたことないな」と思っちゃいました。自分のことを棚に上げて本当に失礼ですよね。ただ、結婚に対しての期待がなくなったことで楽になり、そんな時に出会いがありました。不思議なもんですね。

 ――「ご縁」なんでしょうね…。発言小町に寄せられる相談を見ると、切実な声にあふれていますが、気持ちをもう少し楽に持ったほうがいいのでしょうか。

 増田)結婚しよう、結婚しようと思っているときって、なかなか出来ないと思うんですよ。そして、あれも欲しい、これも欲しいとばかり思っていると、出会いを遠ざけてしまうのではないでしょうか。私は一緒にいてよく笑えて呼吸が楽なのがいいと思います。そのうえで、誠実さとか尊敬できるかとか、これだけは大事にしたいと思う点を見極めては。発言小町に相談に来る人たちは、ちゃんと自立しているし、自分で仕事もガンガンやっているという人が多いですよね。別に結婚しなくても、一人でも生きられるわ、というぐらいのキャリアも自信もあるように感じます。だから、晩婚もいいですよ、と私はお勧めしたいです。人生は長いから、あまりきっちり考えなくても「いい人に出会えたら、パートナーがいたほうがいいかな」ぐらいの「肩の力の抜け具合」がいいのかもしれないですね。

 ――発言小町では、自分や相手の学歴や職業、人となりなどを「スペック」という表現で書き込む人が増えています。アラフォーの婚活トピでは、自分のスペックは落ちていると感じている人は多く、逆にそう思っていない人には結構厳しい意見が来たりします。なかでも「収入」と並んで婚活で大きな「スペック」は、「子どもを持つのか」「持てるのか」という問題で、「自分はもう子どもを産むには遅すぎるのでは」「間に合わないのでは」という不安の声はとても多いです。

 増田)私は子どもに恵まれませんでした。でも、私のケースは特別だと思います。10歳代のころ長距離ランナーとしてすごく体に無理をしていたから。でも子供が必ず欲しいという男性ばかりじゃないと思います。夫から「子どもが欲しかったら41歳の明美さんとは結婚しなかった」と言われた時、心が軽くなりました。でも、かかりつけの医師は、現代の医学では50歳代での出産も年に数百人はいると言っていましたよ。

 ――「晩婚アドバイザー」増田さんから、発言小町の女性たちにぜひエールをお願いします。

 増田)これからも笑顔を絶やさず生きてください。「笑う門には福来たる」です。私だって50歳になると、30~40歳代のときにあった仕事がなくなり、寂しいなと思うこともあります。そんな時は「でもこれでゆっくり原稿が書ける」なんて、口元を緩めながら思い直すんです。すると、新しいステージの仕事に出会えることもあります。

 ――ダメになったと受け止めるんじゃなくて、ステージが変わるということですね。

 増田)そうです。たとえ小さくても、誰もがステージを持っているんです。私は「置かれた場所で咲きなさい」という渡辺和子さん(ノートルダム清心学園理事長)の著書のタイトルが好きです。喜んでくれる人たちのために、このステージで自分らしくいきいきと咲ければいいんだという気持ちを持っていれば大丈夫ですよ。(文・津秦幸江、写真・岩佐譲)

プロフィル

増田明美(ますだ・あけみ) 1964年千葉県生まれ。スポーツジャーナリスト、大阪芸術大教授。私立成田高校在学中、長距離種目で次々に日本記録を樹立する。1984年のロス五輪ではメダルを期待されたが、無念の途中棄権。1992年に引退するまでに日本最高記録12回、世界最高記録2回更新。2001年から10年間、文部科学省中央教育審議会委員を務める。現在はスポーツジャーナリストとして執筆活動、マラソン・駅伝中継の解説に携わるほか、自治体のスポーツ振興や街づくりなどの委員などに取り組む。