私の「発言」

(2)厳しい意見、でも「それが世の中」…増田明美さん

 読売新聞紙上で掲載している「人生案内」の回答者を2008年から務めている増田さん。自分が経験のないケースにどのように回答しているのか。発言小町と比べた違いなども交えてうかがいました。

 ――人生案内での増田さんの回答を拝見すると、いつもまず相手の気持ちに寄り添った回答をされているのが印象的です。経験したことのないケースの場合、回答までどのぐらい準備に時間をかけるのですか。

 増田明美さん)回答によりけりなんです。読んで瞬間的におもしろい、ほのぼのする、明るい質問だとぱっと答えが出るんですが、そうでない内容だと、イメージが湧くまで何度も読みます。すると、その人のメッセージが伝わりますね。私は手紙で相談が来るほうがありがたい。どんな便箋を使っているかとか、字の形や改行の仕方で息づかいが聞こえるような感じがするからです。相談者が目の前に現れるのをイメージするまで何度も読むので、時間はかかっているほうかもしれないですね。

 ――確かに便箋や字の形は、ネット投稿では分からない情報がありますね。

 増田)そうなんです。きれいな字でとても大人な女性のイメージがある人が、例えばキャラクターのハローキティの便箋を使っていたりすると、それもその人の特徴でいいですね。すぐに答えが出ないときは、電車に乗っているときなど、目の前の人たちの表情を眺めながら考えるときもあります。

 ――やはり時間はかかりますね。

 増田)はい。でも準備の時間は、私にとってすごく人生勉強になるんです。私はマラソン競技ではオリンピックに出たり、日本記録を作ったりした一方で、オリンピックで途中棄権をしてしまうという、天国も地獄も味わっているんですよ。でも、人生においては、恋愛経験は乏しいし、悲しい経験も、人間関係での悩みも、そう豊富な方ではありません。だから、その人の気持ちになるというところから始める作業は欠かせません。

本音のやり取りだから見つかる答えも

 ――便箋や字体から、投稿者の人となりを読み取ろうとしておられますが、電子掲示板「発言小町」は、だれが書いてもテキストは字体も同じなんです。ご覧になったことはありますか。

 増田)はい、見ています。字数制限があるということですが、投稿(トピック)を読んでいると、けっこう長い文章に感じますね。具体的なディテールが投稿に書かれているので、問題が分かりやすいです。そして、私が回答者をしている紙面と比べると、質問する側も、返信する側もざっくばらんに感じます。返信する側も「それはおかしいと思う」などとしっかり意見を述べている。「人生案内」もそうですが、普通、回答者というのは、相談してきた人の気持ちを楽にしようとして回答を書くじゃないですか。でも、発言小町ではけっこう手厳しい意見も寄せられていますね。

 ――誹謗(ひぼう)中傷は掲載しないとあらかじめサイトでお断りしていますが、意見なのか、誹謗中傷なのかの判断が大変難しいケースもあります。

 増田)発言小町では厳しい意見もありますが、だからいいんじゃないでしょうか。本音でぶつかっている証拠だと思います。しかも、質問して回答が来るという一回だけのやり取りではなくて、どんどん他の人の意見も出てくるでしょう。質問した人は落ち込むこともあるかもしれないけど、いろんな意見を通して考えたり反省したりしながら、答えを見つけることができる。優等生の意見だけじゃないところがまたいいんじゃないですか。

 ――人生案内で増田さんが回答するスタンスとはだいぶ違う世界ですよね。

 増田)発言小町には、ストレートでフォローがない回答もあるので、これは質問する側に相当な「抵抗力」がないと受け止められないぞ、と思うことがあります。でも世の中に出ると、そういうものですからね。

 私は1984年のロサンゼルス・オリンピックに出場しましたが、途中棄権で完走できず、その後、マラソンを走るのが怖くて走ることができなかったんです。でも、「こんなんじゃダメだ」「途中棄権のままだったら、新しい出発ができない」と思い直し、勇気を振り絞って、オリンピックから約4年後の大阪国際女子マラソンに出場しました。序盤は沿道から「増田さん、お帰り!」とか「スタジアムにちゃんと帰ってこいよ」なんて、優しい声援があふれていて、「やっぱり私のことをみんなが待っていてくれたんだ」とすごくいい気分でした。ところが、大阪城を過ぎた27キロメートル地点で、「増田! お前の時代は終わったんや!!」と沿道から大声が飛んできたのです。頭が真っ白になるほどショックでした。でも、それが世の中でしょう。

 自分の考えを皆が応援してくれていると思っていても、世の中ってそうじゃない時もある。「お前の時代は終わったんや」的な答えもありますよ。でも、それで打たれ強くなっていく、というのが発言小町なのかなと思います。

 ――有名人の方とは異なり、一般の人たちが、他人からこれだけ意見をもらうというのはめったにない経験でしょうね。

 増田)そうですね。さきほどと逆のケースもありますね。発言小町の中で、失恋して、それでも相手のことを吹っ切れずに落ち込んでいる人に対しては、皆さん「私も同じ経験があります」などと回答していて、優しかったですね。考え方が間違っているときや、自分のことを分かっていないのかなと感じる相談者に対しては厳しく指摘するけれど、共感できることについては、本音を語りながら優しく寄り添う。今のリアルな30歳代、40歳代の女性の心があらわになっていて、いいんじゃないでしょうか。「人生案内」を答える上で、私はいろいろなジャンルの投稿を読んでいます。20~40歳代の女性たちの平均的な考え方を知るという面では、参考になります

マラソンを走ろうとする時には何かがある

 ――増田さんが、匿名で発言小町に投稿されるとしたら、何を相談しますか。

 増田)相談するのは、ちょっと怖いですね(笑)。でも、聞いてみたいことはあります。今、マラソンを走る人がとても多くなっていますが、その人が走る理由や、走り始めた理由を聞いてみたいですね。

 なぜかというと、今まで私の知り合いに、なぜ走り始めたかを聞くと、そこには結構ドラマがあるんですよ。走りながら離婚についてずっと考えていた人もいましたし、別れた彼から贈られたシューズを、フルマラソンの間、ずっと「踏んづけながら」走りたかったから、という人もいました。

 最近思うのは、人生はいろいろな出来事が起こるけれど、でも結局、人間は前に進みたいと思っているんだなということ。マラソンは走り始めると後ろにも横にも行かないで、ただゴールに向かって前に進むだけでしょう。それも、みんなといっしょに前に進んでいくから、理屈抜きに元気になるんですよね。だから、走ろうとするとき、走っているときは、必ず何かがある。そこを聞いてみたいですね。

 ――増田さんは、今年3月、8年ぶりにフルマラソンを走ったそうですが、それもやはり、何かがあったからでしょうか。

 増田)けじめでしょうか。今年50歳になり、人生の折り返しを過ぎました。42.195キロを走るマラソンって、自分と向き合う時間も長いでしょう。だから、走っている間に自分と会話して、ゴールした後は、また新しい自分で生きていこうという気持ちになれるんです。たぶん自分に何かのけじめをつけたり、覚悟を決めさせてくれたりするのに、ちょうどいい距離なんじゃないかな、と思います。

プロフィル

増田明美(ますだ・あけみ) 1964年千葉県生まれ。スポーツジャーナリスト、大阪芸術大教授。私立成田高校在学中、長距離種目で次々に日本記録を樹立する。1984年のロス五輪ではメダルを期待されたが、無念の途中棄権。1992年に引退するまでに日本最高記録12回、世界最高記録2回更新。2001年から10年間、文部科学省中央教育審議会委員を務める。現在はスポーツジャーナリストとして執筆活動、マラソン・駅伝中継の解説に携わるほか、自治体のスポーツ振興や街づくりなどの委員などに取り組む。