子育て・生活・文化

辻井伸行の母が語る「わが子の才能を見つけた瞬間」

エッセイスト 辻井いつ子

ちょっとした変化を見逃さない

  • (写真はイメージ)
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 今でも忘れられない出来事があります。それは「ピアニスト・辻井伸行」を生んだきっかけでもありました。

 生後8か月を迎えた伸行には、お気に入りのCDがありました。ショパンの「英雄ポロネーズ」です。音楽が盛り上がる箇所に差しかかると、喜んで手足をバタバタと動かすのです。私はその様子を、微笑(ほほえ)ましいと思いながら見ていました。

 ところが、あまりに何回も繰り返し音楽を流したせいでしょうか、CDを取り扱ううちに傷をつけてしまいました。私は同じ曲のCDを新たに買い求め、かけてみたのですが、なぜか伸行が喜ばなくなってしまったのです。

 「あんなに喜んでいたのに。もう一度、喜ぶ顔が見たい」。そう思ってCDをよく見た時に、私は思わず「あっ!」と叫びました。前のものとは演奏者が違っていたのです。

 まさか、と思いつつも、以前と同じ演奏者のCDを買い求めてかけてみると、今度は喜ぶではありませんか。まだ赤ん坊なのに、演奏者の違いを聞き分けることができるらしい。ひょっとすると音楽をやらせてみてもいいのかもしれないと、その時に思いました。普段から、伸行が好きなもの、喜ぶものに気を配っていたから、演奏者のことにも気付けたのだと思います。

 毎日の子育てに忙殺されるなかでも、親は、ちょっとした子どもの変化に気付くことができます。例えば、食事など、日々同じことを繰り返す場面であれば、以前と違うことがあればすぐに分かるものです。観察の時間は長ければいいというものではありません。少ない時間でも、愛情を持って見守れば、必ず何か発見がある、というのが私の持論です。

子供を「作品」と考えるのは間違い

  • ベネッセ教育総合研究所「学校外教育活動に関する調査2009~幼児の活動」
    ベネッセ教育総合研究所「学校外教育活動に関する調査2009~幼児の活動」

 伸行は3歳ごろから本格的にピアノを習うようになりましたが、私は無理に練習をさせませんでした。伸行が音楽を通じて自分に自信を持ち、自分らしさを失わずに生きていければ、それでいいと思っていたからです。

 将来、子供をプロの音楽家にしようと思う保護者の方々は、厳しく指導されるケースが多いようです。

 「もっと練習しろ。そんなことじゃ世界に通用しないぞ」

 こう言われて伸びることもあるでしょうが、プレッシャーに押し潰されることも多いと聞きます。こうしたケースで気になるのは、保護者の心のどこかに「子供の成長が親の評価につながる」という考えもあるのではないか、ということです。

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 子供は親の「作品」ではありません。もしも、他の誰かと比べて自分の子供を「みっともない」などと思って、周囲の目を気にするようでしたら、無意識のうちに「子供は自分の作品」と思っているのかもしれません。しかし、子供は親の所有物ではありませんし、そもそも別人格です。

 もちろん、真剣に我が子のことを考えた上で、「それでも厳しく育てたい」という方もいるでしょうし、それは他人がとやかく言うことではないかもしれません。ただ、私の場合は「子供に愛情が伝わっているかどうか」が一番大事だと思っています。例えば、私なら、むやみに厳しくしたり、体で覚えさせようとするよりも、言葉できちんと分かるまで丁寧に、そして徹底的に話します。そこまでやれば、子供にも気持ちが伝わると信じているからです。

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