子育て・生活・文化

辻井伸行の母が語る「わが子の才能を見つけた瞬間」

エッセイスト 辻井いつ子

本気で感心し、素直にほめる

 音楽に関しては、私は伸行をほめたことしかありませんでした。

 「よくこんな難しい曲が弾けるね」

 「今の演奏にすごく感動したよ!!」

 私は音楽については素人です。難しい曲をすらすらとピアノで弾きこなす我が子を、素直にすごいと思ってほめました。本気で感心していたのです。将来、プロを目指すかも知れない伸行のファン第1号でありたい、という願いもありました。

 その後、伸行は自分に合った道を見つけてピアニストになれましたが、仮にプロになれなくても私は落ち込まなかったし、伸行に対する愛情も変わらなかったと思います。その場合でも、きっと、また他に楽しいと思えることを見つけて、打ち込んでいたかもしれません。

何が子供に合っているか

  • ベネッセ教育総合研究所「学校外教育活動に関する調査2013~園外教育活動の実態」
    ベネッセ教育総合研究所「学校外教育活動に関する調査2013~園外教育活動の実態」

 実際、伸行はピアノだけをやっていたわけではありませんでした。

 小さい頃、バイオリンを習っていたこともありますし、お琴に関心を持ったこともあります。好奇心が旺盛で、「やりたい、やりたい」とすぐに言う子だったのです。私はそれを妨げたことはありませんでした。音楽以外でも「好きなこと」はたくさんあり、中でもプールは子供のころから大好きで、今でも水泳が得意です。

 本人がやりたいと思うことは、何でもやらせよう。途中で興味を失ったものは、親があれこれ言っても()めてしまうはず。でも、興味が持続しているものには何か魅力を感じているはずだから、思いっ切り後押ししてあげよう。私はそう考えていました。

 子供に何が合っているのかは親が見つけるのではなく、子供が自ら感じ、選択するものだと思います。伸行もいろいろやってみるなかで、やがてピアノに集中するようになり、国内の有名コンクールで賞をいただくようになりました。

 悔しい思い出もあります。それは、伸行が17歳で出場した、世界的に有名な「ショパン国際ピアノコンクール」でのことです。伸行の演奏は現地ポーランドの聴衆から、大きな拍手をもらいました。コンクールであるにもかかわらず、カーテンコールが4回も起きたのです。しかし、2次予選を通過してファイナリストに選ばれることは(かな)いませんでした。伸行のピアノ人生のなかで、最も大きな壁だったかもしれません。

 同行した関係者が悔しがるなか、伸行が「みんな何を泣いているの? また、頑張ればいいよ」と明るく言ったのが印象的でした。私たち親子は、いつだって「明るく、楽しく、あきらめない」をモットーに頑張ってきました。

「壁」にぶつかったとき

 よく、「(お子さんが)壁にぶつかって悩んでいる」という方からの相談も受けます。私は、もし壁にぶつかり、苦しんでいるようなら、休ませてもいいのでは、と答えています。

 大事なのは、前向きな気持ちと、あきらめない心を持ち続けることです。例えば、フィギュアスケートの浅田真央さんは、いったん選手としての活動をお休みしましたが、その後、再開しました。立派な選択だと思います。打ち込んできたものから少し離れて自分のやってきたことを振り返り、「それでもやりたい」と思うのであれば、その意思は「本物」だと思います。

 休んだことを後ろ向きに捉えるのではなく、前向きに考える。「それでもやりたい」と思った気持ちを忘れない。子供がそんな気持ちになったら、「壁」もきっと乗り越えることができるでしょう。親としては、そんな我が子を見守り、また羽ばたく時が来たらそっと背中を押してあげる。それが役割だと思うのです。

 ショパン・コンクールの結果は私たちにとって残念でしたが、それで終わったわけではありませんでした。伸行自身も、内心では「次は絶対にやってやる」と思っていたことでしょう。そんな伸行を見て、親である私が暗くなってちゃ始まらない、あきらめない熱意で次のチャンスを呼び寄せよう、と思いました。

 そうして、その後も頑張り続けた結果、3年後の20歳のときに、アメリカで開催された「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」で優勝することができたのです。

 「我が子らしさ」を大切にし、毎日、愛情を持って見守る。そして、「明るく、楽しく、あきらめない」。私は、それが子どもの才能を開花させ、夢を叶えてあげる一番の近道だと思っています。

  • (撮影:塔下智士氏)
    (撮影:塔下智士氏)
プロフィル
辻井 いつ子( つじい・いつこ
 エッセイスト。1960年、東京生まれ。短大卒業後、フリーアナウンサーとなる。86年、産婦人科医の辻井孝氏と結婚。88年に生まれた長男・伸行氏が生後まもなく全盲とわかり、不安のなか、手探りで子育てをスタートする。「明るく、楽しく、あきらめない」をモットーに、プロのピアニストへと二人三脚で歩み、2009年6月、アメリカで開催されたヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで、伸行氏は日本人初の優勝を果たした。その育児体験をもとに講演活動を行うほか、インターネットサイト「辻井いつ子の子育て広場」( http://kosodate-hiroba.net/ )を通じて、子育てに悩む親たちと意見交換をしている。2015年4月から、TBSラジオ「ミキハウスpresents辻井いつ子の今日の風、なに色?」のパーソナリティーを務める。著書に『今日の風、なに色?』、『のぶカンタービレ!』、『親ばか力~子どもの才能を引き出す10の法則~』、伸行氏が演奏する10曲を収め、それらにまつわるエピソードをつづった『今日の風、なに色?CDブック』(いずれもアスコム刊)など。

2017年03月09日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun