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白鵬が歴代単独1位の通算1048勝

 大相撲の横綱白鵬(32)(本名ムンフバト・ダバジャルガル、モンゴル出身、宮城野部屋)が21日、愛知県体育館(名古屋市)で開かれた名古屋場所13日目で大関高安を破り、序の口以来の通算勝ち星を1048勝としました。元大関魁皇の記録を抜き、単独で歴代最多の勝ち星となりました。数々の大記録を打ち立て、土俵をけん引し続けてきた大横綱の歩みをまとめました。(肩書や年齢などは当時のものです)

  • 高安(左)を押し倒しで下し、歴代単独1位となる通算1048勝目を挙げた白鵬(21日、愛知県体育館で)=橘薫撮影
    高安(左)を押し倒しで下し、歴代単独1位となる通算1048勝目を挙げた白鵬(21日、愛知県体育館で)=橘薫撮影


前人未到の通算1048勝~16年で達成(17年名古屋場所)

 大相撲の横綱白鵬(32)が21日、名古屋市の愛知県体育館で開かれた名古屋場所13日目に大関高安を下し、序ノ口以来の通算勝ち星が前人未到の1048勝(219敗58休)に達した。

 前日、2011年名古屋場所中に引退した元大関魁皇(現・浅香山親方)の持つ歴代1位記録1047勝に並んでいた白鵬は13日目の結びの一番で新大関の高安を押し倒し、6年ぶりに記録を塗り替えた。

 白鵬はモンゴルから来日後の2001年春場所初土俵。5月の翌夏場所3日目に序ノ口で1勝目を挙げて以来、97場所、16年2か月の史上最速ペースで白星を積み上げた。

 今場所は新横綱となった07年名古屋場所からちょうど10年、在位60場所の節目。優勝回数も、15年初場所に「昭和の大横綱」と呼ばれた大鵬を超える史上最多33度の新記録を樹立し、今年5月の夏場所で記録を38度まで伸ばした。今場所も13日目まで12勝1敗で、優勝争いの首位に立っている。

通算1047勝~引退後は日本に帰化の意向(17年名古屋場所)

  • 大相撲名古屋場所12日目に玉鷲を寄り切りで下し、魁皇が持つ歴代1位に並ぶ通算1047勝を挙げた横綱・白鵬(20日、名古屋市中区の愛知県体育館で)=加藤学撮影
    大相撲名古屋場所12日目に玉鷲を寄り切りで下し、魁皇が持つ歴代1位に並ぶ通算1047勝を挙げた横綱・白鵬(20日、名古屋市中区の愛知県体育館で)=加藤学撮影

 白鵬は2001年春場所初土俵。翌夏場所に序ノ口で1勝目を挙げた。白鵬は「けがで苦しんだ時期もあったが、それがあるからこそ今の大記録がある」と喜びを語った。

 また、白鵬が引退後に親方となるため、日本へ帰化する意向を持っていることが、関係者の話で分かった。日本相撲協会の規定で、年寄襲名には日本国籍取得が必要とされている。

通算1000勝を達成~千代の富士、魁皇に続き3人目(16年九州場所)

  • 1000勝を達成し、花束を受け取り笑顔の白鵬(16年11月撮影)
    1000勝を達成し、花束を受け取り笑顔の白鵬(16年11月撮影)

 大相撲の横綱白鵬(31)が15日、福岡国際センターで開かれた九州場所3日目で、平幕の魁聖を上手投げで下し、通算勝ち星が1000勝(207敗48休)に達した。1045勝の元横綱千代の富士、1047勝の元大関魁皇に続き、史上3人目。外国出身では初の快挙となった。白鵬は「最高です。けがや病気とか色々なことがあった。その積み重ねです」と喜びを語った。

限界に挑み続け1000勝

 大相撲で数々の記録を打ち立てた横綱白鵬関(31)に、新たな勲章が加わった。福岡市の福岡国際センターで開かれている九州場所3日目の15日、豪快な上手投げで魁聖関を下し、序ノ口以来の通算勝ち星が1000の大台に到達。花道でファンから次々と花束を贈られ、「(喜びは)ひと味も、ふた味も違う」と笑みを浮かべた。

 過去に魁皇と千代の富士の2人しか達成していない大記録。15歳で来日し、2001年夏場所で1勝目を挙げてから15年以上、心身の限界に挑みながら戦ってきた結果だ。

 2年前の九州場所で大鵬の優勝32度に並び、翌場所で抜いた後は、夢を見失いかけた。再び土俵に立つ意欲に火をつけたのが、1000勝だった。

 今年名古屋場所で13勝を挙げれば達成できたが、場所中のけがもあって10勝止まり。その直後の7月末に元千代の富士の九重親方が急逝した。若い頃に憧れ、繰り返し映像を見た先輩横綱を悼むため、「記録を抜くことが恩返しになる」と思いを強くした。

 けがが癒えず、秋場所は横綱昇進後で初めての全休に追い込まれた。それでも、休場中に右足親指の手術に踏み切り、土俵に戻ってきた。「苦労して(結果を)手に入れるのは、美しいし、やりがいがある」。今場所前にそう話した横綱は、次の目標を「1001勝」と語った。

通算33回の優勝~大鵬抜き歴代1位に(15年初場所)

  • 取り直しの一番で稀勢の里(左)を圧倒、33度目の優勝を決めた白鵬(15年1月撮影)
    取り直しの一番で稀勢の里(左)を圧倒、33度目の優勝を決めた白鵬(15年1月撮影)

 大相撲初場所は23日、東京・両国国技館で13日目が行われ、横綱白鵬(29)が5場所連続33度目の優勝を決めた。「昭和の大横綱」と呼ばれた大鵬が1971年初場所で達成した32度の優勝記録を44年ぶりに塗り替え、単独で史上最多となった。

 12戦全勝の白鵬は、結びの一番で、2敗で追う大関稀勢の里を取り直しの末に、押し倒しで退けた。2敗だった横綱日馬富士が結び前に敗れていたため、千秋楽まで2日を残して白鵬の賜杯獲得が決まった。白鵬は「うれしいです。(全勝優勝に向けて)今日みたいに精いっぱいやりたい」と語った。

 白鵬は2000年10月に来日し、01年春場所で初土俵を踏んだ。新大関だった06年夏場所で、初の幕内優勝。07年夏場所後に第69代横綱に昇進した。

 横綱になってからは一度も休場せず、同じモンゴル出身の朝青龍が引退した後は、八百長問題などの不祥事で信用を失った角界を一人横綱として支えた。ハイペースで優勝を重ね、昨年九州場所で32度目の優勝を遂げ、大鵬に並んでいた。

大鵬超え「楽ではなかった」

  • 33度目の優勝を決め、花道を引き揚げる白鵬(15年1月撮影)
    33度目の優勝を決め、花道を引き揚げる白鵬(15年1月撮影)

 不滅と言われた「昭和の大横綱」の記録をついに超えた。東京・両国国技館で23日に行われた大相撲初場所13日目、単独史上最多となる33度目の優勝を遂げた白鵬関(29)。「楽ではなかった」と喜びをかみ締めた横綱を支えたのは、類いまれな精神力だった。

 大関稀勢の里関との結びの一番。取り直しの熱戦を制した白鵬関は、43本の懸賞の束を受け取ると、拝むように顔の前に掲げた。風呂から上がっても目をつぶり、「まだ、2日ありますから」。

 新記録が懸かった場所前、大先輩に思いをはせた。大鵬は当時最多だった双葉山の優勝12回を抜いた後、無人の荒野を行くように記録を塗り替え続けた。「大鵬関は一人旅で優勝を20回も積み重ねた。その心、肉体には、まだ、たどり着いていない」。新記録を目指して、いつも以上に緊張感を漂わせていたが、見事に克服した。

通算32回の優勝~大鵬と並ぶ(14年九州場所)

  • 大鵬に並ぶ32度目の優勝を果たし、賜杯を受ける白鵬(14年11月撮影)
    大鵬に並ぶ32度目の優勝を果たし、賜杯を受ける白鵬(14年11月撮影)

 大相撲九州場所は23日、福岡国際センターで千秋楽を迎え、横綱白鵬(29)が14勝1敗で32度目の優勝を飾り、「昭和の大横綱」と呼ばれた大鵬の持つ歴代最多の優勝回数に並んだ。

 白鵬は結びの一番で、ただ一人、2敗で追っていた横綱鶴竜を圧倒し、4場所連続で賜杯を抱いた。土俵下で行われた優勝インタビューでは、「この国の魂と相撲の神様が認めてくれたから、この結果があると思う」と涙ぐんだ。

 2000年10月に来日し、01年春場所で初土俵を踏んだ白鵬は、新大関の06年夏場所で初優勝。07年夏場所後の横綱昇進後は一度も休場せず、43年前に大鵬が打ち立てた大記録に肩を並べた。

「角界の父に恩返し」~涙の表彰式

  • 九州場所の表彰式で感極まり、涙ぐむ白鵬(14年11月撮影)
    九州場所の表彰式で感極まり、涙ぐむ白鵬(14年11月撮影)

 最強横綱の頬を涙が伝った。福岡国際センターで開かれた大相撲九州場所千秋楽の23日、史上最多タイとなる32度目の優勝を果たした横綱白鵬関。「昭和の大横綱」の大鵬と肩を並べ、「角界の父の偉大な記録に並んで、恩返しができた。一生忘れられない」と喜びをかみ締めた。

 表彰式で君が代が流れると、抑え込んでいた感情があふれ出した。「言葉にならない」。唇をふるわせ、涙した白鵬関。直後のインタビューでは、まげを結う大相撲の伝統文化が継承されてきた歴史などにも触れながら、「この優勝に恥じないように、今後も一生懸命頑張っていきたい」と語り、満員札止めの客席から拍手喝采を浴びた。

 モンゴルから来日して14年。「62キロの小さい少年がここまで来るのは、誰も想像しなかったと思う」。今や157キロとなって風格も増し、大相撲史に残る偉業を成し遂げた。

連勝記録が63でストップ…稀勢の里が止める(10年九州場所)

  • 稀勢の里に敗れた白鵬(10年11月撮影)
    稀勢の里に敗れた白鵬(10年11月撮影)

 福岡国際センターで開催中の大相撲九州場所2日目の15日、モンゴル出身の横綱白鵬(25)は、東前頭筆頭の稀勢の里(24)の寄りに屈し、今年初場所14日目から続いていた連勝が63で止まった。初日に白星発進した白鵬は、双葉山の最多69連勝にあと6と迫っていた。白鵬の63連勝は歴代2位。記録更新中だった連続全勝優勝も4場所で途切れた。

 白鵬の連勝がついに止まった。福岡国際センターで開催中の大相撲九州場所2日目の15日、結びの一番で白鵬が稀勢の里に敗れる大波乱。「不滅の大記録」と言われる双葉山の69連勝まで、あと6勝に迫っていた白鵬は土俵下に落ちてひざをついた後、「これが負けかと思った」「もう一つ、連勝を伸ばしたいというところにスキがあった」と唇をかんだ。

第69代横綱に…「精神一到を貫く」(07年5月)

  • 本場所で初めて観客に不知火型の土俵入りを披露した白鵬(07年7月撮影)
    本場所で初めて観客に不知火型の土俵入りを披露した白鵬(07年7月撮影)

 日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で名古屋場所の番付編成会議と理事会を開き、夏場所で2場所連続優勝を15戦全勝で飾った大関白鵬(22)の第69代横綱への昇進を正式に決めた。

 新横綱の誕生は2003年初場所後の朝青龍以来、4年4か月ぶり。名古屋場所番付は22場所ぶりに東西に横綱がそろう。東西の横綱をモンゴル出身力士が独占するのは初めて。22歳2か月の白鵬は、北の湖、大鵬に次ぐ年少横綱。

大横綱に少しでも近づく

  • 使者から横綱昇進の伝達を受け、口上を述べる白鵬(07年5月撮影)
    使者から横綱昇進の伝達を受け、口上を述べる白鵬(07年5月撮影)

 「精神一到を貫く」。30日、第69代横綱に昇進した白鵬は、力強い口上に決意を込めた。

 東京・墨田区の宮城野部屋は早朝から後援者や近所の人が駆けつけた。慌ただしい雰囲気の中、使者を待つ間の白鵬は、何度も窓際に立って落ち着かない様子だった。午前9時25分、相撲協会の使者の大島理事(元大関旭国)と春日山審判委員(元幕内春日富士)が到着、満場一致での推挙を伝えられると、紋付きはかま姿で迎えた白鵬は、顔を紅潮させながらも「謹んでお受け致します」。堂々とした態度で口上を述べた。

 乾杯の後、記者会見に臨んだ新横綱は「ちょっと緊張したけど、満点」と一息ついた。口上の内容は、後援者や妻の紗代子さん(23)らと相談しながら、昨夜、決まった。「自分の進む道を信じていけば、達成するという意味。これからもたくさん勉強すべきことがありますが、集中して夢をかなえたい」と落ち着いて話した。

 横綱としての目標を聞かれると、大鵬、千代の富士、北の湖、貴乃花、朝青龍ら優勝20回以上の大横綱の名を挙げ、「少しでも近づけるよう、自分の相撲を磨いていく」と語った。

 伝達式には、白鵬と同じ22歳でモンゴル相撲の横綱になった父・ムンフバトさん(65)、母タミルさん(59)ら家族も同席した。ムンフバトさんは、「横綱の地位は重い。みなさんの期待や希望を果たしてほしい」と息子を激励し、両手を合わせて伝達式を見守っていたタミルさんも、「日本、モンゴルの国民の皆様に感謝します」と目を潤ませた。

 入門時から白鵬を指導する育ての親、熊ヶ谷親方(元幕内竹葉山)も感無量の様子。「口上を聞いたときはジーンときた。精神的にも強い横綱になってほしい」と期待を寄せた。

大関昇進~「白鵬は白鵬」型にこだわり(06年3月27日掲載「顔」)

  • 両親に相撲をほめられ照れ笑いを見せる白鵬(06年3月撮影)
    両親に相撲をほめられ照れ笑いを見せる白鵬(06年3月撮影)

 初優勝は逃したが、表情は晴れやかだった。21歳0か月。貴乃花、大鵬、北の湖の名力士に次ぐ史上4位の年少大関を決め、「今場所は90点」と素直に喜んだ。

 史上2位のスピード記録で関脇に昇進した昨春、睡眠時無呼吸症候群を患った。6年前の入門時は1メートル74、68キロだった細身の体が、今では1メートル92、152キロにまで成長。医師から、その急激さが災いしたと指摘された。寝不足で集中力を欠き、いつの間にか相撲が受け身に回ってしまい、一時は勢いを失った。

 本名はムンフバト・ダバジャルガル。思い通りにならない日々、モンゴル相撲を5連覇し、レスリングで五輪銀メダルに輝いた父が支えだった。兄1人、姉3人の末っ子だが、「息子の僕が強くならないはずがない」と信じ、地道な日々のけいこに耐えた。

 研究熱心で、往年の力士のDVDを繰り返し見た。優勝14回の輪島に似ていると言われると、「左四つですね。左下手投げ。僕は上手を取らないとダメ」と、先輩力士をよく勉強している。一方で、「白鵬は白鵬だから」と、自らの型に強いこだわりも持つ。

 カラオケでストレスを解消する。来日当初に覚えた曲は演歌の「酒よ」。ゆったりしたリズムがモンゴル民謡に通じるという。最近は「大空と大地の中で」を好む。「自分の夢を、自分の腕でつかむ歌ですから」。父を追い、いつか横綱へと、決意は固い。

新入幕~相撲も体も伸び盛り(04年4月23日)

  • 体も一段と大きくなり、新入幕の期待がかかる(04年4月撮影)
    体も一段と大きくなり、新入幕の期待がかかる(04年4月撮影)

 相撲も体も、今が伸び盛り――。モンゴル出身の19歳、白鵬は、そんな表現がぴったりの成長株だ。春場所で十両優勝を果たし、26日に発表される夏場所(5月9日初日・両国国技館)の番付では、新入幕の期待がかかる。

 今月上旬に行われた春巡業。横綱朝青龍に、思い切りぶつかっていった白鵬の元気さが、お客さんの拍手を呼んだ。自身が目標とするモンゴルの先輩を、力任せにつり上げる場面もあり、横綱も「将来があるね。熱心だし、楽しみだよ」と後輩のはつらつさに目を細めた。

 2001年春場所で初土俵を踏んで、3年余り。十両も2場所で通過が確実な若武者は、体格面でも伸び盛りだ。現在の身長1メートル90、体重138キロの体は、来日から身長で15センチ、体重で60キロも増えたものだ。体重が増える力士は珍しくないが、背が伸びるのは、まだ「成長期」の真っただ中にいる証拠と言っていい。

 「今でも体が大きくなっている」と本人が言う成長の源は、週2、3回、モンゴル力士仲間と食べに行く焼き肉。「15人前は軽く食べる」という半端じゃない大食漢ぶりが、その体格を作り上げた。「カルビ、ホルモン、ハラミ、何でも大好き」と笑う。

 モンゴル相撲の元横綱の父・ムンフバトさんは、メキシコ五輪レスリング・フリースタイル87キロ級の銀メダリスト。モンゴル初の五輪銀メダリストとしても知られる有名人だ。その父に「日本で成功するまで頑張れ」と励まされている。

 白鵬のしこ名は「色白で、風ぼうが大横綱・大鵬に似ているから」と付けられた。その期待にこたえ、幕内の土俵で大暴れする日もそう遠くはないはずだ。

4番目の若さで新入幕

 大相撲夏場所(5月9日初日・両国国技館)の番付が26日、日本相撲協会から発表された。先場所、十両優勝の白鵬が、モンゴル出身では5人目の新入幕を果たした。19歳1か月での新入幕は、昭和以降では貴花田(貴乃花)、北の湖、花田(貴ノ花)に次ぐ4番目の若さ。

トラブルも多かった

取り直しを批判「子供でも分かる」(15年初場所)

 大相撲初場所で、史上最多となる33度目の優勝を飾った横綱白鵬関(29)が、千秋楽から一夜明けた26日の記者会見で、優勝を決めた13日目の稀勢の里戦を巡り、取り直しとした勝負審判の判断を批判する一幕があった。

 土俵際で両者がもつれた一番は物言いがつき、5人の審判団は「同体」と判定した。横綱は「疑惑の相撲がある」と切り出し、「ビデオを見たが、子供が見ても(自分が勝ちと)分かる相撲。なぜ、取り直しにした。もう少し緊張感を持ってやってもらいたい」と裁定に異を唱えた。

 26日朝まで祝宴をしていたというモンゴル出身の横綱は、まだアルコールが抜けない様子で「肌の色は関係ない。同じ土俵に上がって髷(まげ)を結っているから日本の魂です」とも続けた。

 白鵬関の発言について、日本相撲協会の北の湖理事長は「審判は色々な角度から見て判断した。横綱なんだから『もう一丁こい』という気持ちでやってもらいたい」と不快感を示し、近く師匠の宮城野親方(元幕内竹葉山)を注意する意向を明らかにした。

朝青龍とにらみ合い(08年夏場所)

  • 取組後も、にらみ合いを続ける白鵬(左)と朝青龍(08年5月撮影)
    取組後も、にらみ合いを続ける白鵬(左)と朝青龍(08年5月撮影)

 千秋楽の結びの一番、両横綱の醜態が琴欧洲の笑顔に水を差した。あっけない勝負後の駄目押し、仕返し、そして、にらみ合い。館内のお客さんも一瞬、声を失って静まり返った。

 白鵬を引き落とした朝青龍が、両手をついてはいつくばる相手に、体を押しつけた。怒った白鵬が右肩から押し返して反撃。朝青龍の右手が白鵬の顔に当たると、両横綱は土俵中央で厳しくにらみ合った。

 白鵬は「先に仕掛けられたからね」と、反撃して当然の言い訳。朝青龍も「出足があったからな」と故意を否定した上で、「殴られるかと思ったよ。若いと熱くなるんだな。しっかりしてほしい」と、自分のことは棚に上げた。ともに子供のけんかのような振る舞いを恥じる様子はなかった。

オフショット

将棋の藤井四段と固い握手(17年名古屋場所)

  • 大相撲名古屋場所を観戦に訪れ、横綱白鵬(左)と握手をする最年少将棋棋士の藤井聡太四段(17年7月撮影)
    大相撲名古屋場所を観戦に訪れ、横綱白鵬(左)と握手をする最年少将棋棋士の藤井聡太四段(17年7月撮影)

 公式戦29連勝の最多記録を樹立した最年少将棋棋士の藤井聡太四段(14)が12日、大相撲名古屋場所を観戦した。終了後には、通算勝利数の最多記録更新をかけて戦う横綱白鵬関と固い握手を交わした

 幼い頃から相撲好きという藤井四段。師匠の杉本昌隆七段(48)と升席に座り、白熱した取組に拍手を送った。観戦後、4勝目を挙げた白鵬関に扇子をプレゼント。「白鵬関のように堂々とした将棋が指せるようになりたい」と語る藤井四段に、白鵬関は「(連勝)記録を塗り替えてほしい。若いから、いくらでもチャンスはある」とエールを送った。

白鵬米~北海道滝川市で恒例の田植え(17年6月)

  • 田植えをする白鵬関ら(17年6月撮影)
    田植えをする白鵬関ら(17年6月撮影)

 大相撲の横綱・白鵬関が10日、名誉観光大使を務める北海道滝川市で、田植えに挑戦した。

 「味付けジンギスカン発祥の地」とされる同市の観光大使を、羊肉文化のあるモンゴル出身の白鵬関が引き受けた縁で、2011年から毎年、同市で田植えをしている。「ゆめぴりか」や「ななつぼし」のうち食味のいい米が、縁起米「白鵬米」と銘打たれ、販売されている。

 雨がぱらつく中、半袖Tシャツに短パン姿の白鵬関は水田に入り、苗を一つ一つ丁寧に植えていた。5月の夏場所で、6場所ぶり38度目の優勝を果たした白鵬関は、「1年ぶりに優勝したので、さらに今年は縁起がつくんじゃないかな」と満足そうだった。

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