沖縄戦集団自決の壕「チビチリガマ」荒らされる

  • チビチリガマで地面に落とされた千羽鶴や壊された額装(12日午後、沖縄県読谷村で)=栗山紘尚撮影
    チビチリガマで地面に落とされた千羽鶴や壊された額装(12日午後、沖縄県読谷村で)=栗山紘尚撮影

 太平洋戦争末期の沖縄戦で80人を超える住民が「集団自決」した沖縄県読谷よみたん村のごう「チビチリガマ」で、壕内に残されていた遺品が壊されたり、看板が引き抜かれたりしていたことが12日、わかった。

 県警嘉手納署が被害を調べている。

 平和学習に取り組んでいる近くの僧侶、知花ちはな昌一さん(69)が同日午前11時頃に被害に気づいた。知花さんや読谷村によると、修学旅行生から贈られた千羽鶴が地面に落とされ、戦時中の石油ランプの瓶などが割られていた。遺骨も散乱していたという。入り口の立ち入り禁止を示す看板が倒され、折り鶴で「平和」の文字を表した額装や木製の歌碑も離れた場所に投げ捨てられていた。

 読谷村史によると、1945年4月2日、チビチリガマに逃げ込んだ約140人のうち83人が毒薬を注射したり、毛布に火をつけたりして命を絶った。87年に「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」が建立されたが、同年11月に破壊された。遺族会の意向で、壕内の立ち入りは禁止されている。