フィギュアスケート

フィギュア日本進化論~オリンピックで振り返る競技の歴史

 羽生結弦、宇野昌磨、田中刑事、宮原知子、坂本花織――。

 平昌オリンピックに臨むフィギュアスケートの日本代表は、男女ともメダルを狙える顔ぶれだ。今や、押しも押されもせぬフィギュアスケート強豪国となった日本。5選手の背後には、五輪のメダルに挑み続けてきた先輩たちの足跡がある。画像とともに振り返ってみよう。(敬称略)

伊藤、荒川、浅田 女子メダリストの系譜

 日本がフィギュア強豪国への道を歩み出したのは、伊藤みどりの存在が大きい。

 18歳で迎えた1988年カルガリー五輪は5位だったが、5種類の3回転を跳んだ。89年の世界選手権を制して臨んだ92年アルベールビル五輪で、銀メダル。フリー演技の終盤、高難度のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を女子では初めて五輪で成功させた。日本フィギュア界に初のメダルをもたらした伊藤の活躍で、女子フィギュアは「芸術」から「スポーツ」へと転換した。

 その後、日本スケート連盟は、小中学生の育成システム「有望新人発掘合宿」をスタートし、強化に本腰を入れ始める。その成果もあり、2006年トリノ五輪で女子は「黄金期」を迎えた。メダルを狙える村主章枝と荒川静香、若手で伸び盛りの安藤美姫という「史上最強」の3人が出場。その中で、荒川がほぼミスのない演技を披露し、日本悲願の金メダルに輝いた。

 続く10年バンクーバー五輪は、年齢制限でトリノ大会に出られなかった浅田真央が、初の五輪で銀メダルを獲得した。伊藤みどりにあこがれてトリプルアクセルを跳び始めた浅田は、ジュニアのタイトルを総なめにし、同年代の(キム)妍児(ヨナ)(韓国)とのライバル関係でも注目を浴びて国民的スターになった。バンクーバー五輪では、トリプルアクセルをショートプログラム(SP)とフリーで計3度成功させた。

高橋の銅、羽生の金

 日本男子初のメダルは、10年バンクーバー五輪で高橋大輔が手にした「銅」だ。右膝に負った大けがを克服し、卓越した表現力と華麗なステップで魅了した。

 14年ソチ五輪では、19歳で初出場した羽生が、日本男子初の金メダルに輝いた。仙台市出身で、11年3月の東日本大震災で練習拠点が被災。カナダに練習拠点を移し、金妍児も指導したブライアン・オーサーの下でさらに成長し、快挙を成し遂げた。

 平昌五輪で、日本は金メダルを含む複数のメダル獲得を目標に掲げている。どんなドラマが待っているのだろうか。

2018年2月1日18:01 Copyright © The Yomiuri Shimbun

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