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[平昌開幕へ アスリートの街から](上)星空カーリング 原点(2018年1月28日)

 2月9日の 平昌 ( ピョンチャン ) 五輪開幕まであと2週間をきった。日本選手団は、海外開催の冬季五輪では過去最多の267人でメダルに挑む。アスリートを育んできた街をリポートする。

◆LS北見「父」の遺志胸に

  • 平昌五輪出場を決めて喜ぶLS北見の(右から)藤沢五月選手、吉田知那美選手、本橋麻里選手、鈴木夕湖選手、吉田夕梨花選手(昨年9月10日、北海道北見市で)=守谷遼平撮影
    平昌五輪出場を決めて喜ぶLS北見の(右から)藤沢五月選手、吉田知那美選手、本橋麻里選手、鈴木夕湖選手、吉田夕梨花選手(昨年9月10日、北海道北見市で)=守谷遼平撮影

 オホーツク海に面し、流氷で知られる北海道北見市(旧常呂(ところ)町)はカーリングが正式競技になった1998年の長野五輪以降、代表選手を輩出し続ける。平昌五輪には選手全員、地元出身の「LS北見」が女子カーリングに出場する。

 同市のカーリングの歴史は1980年にさかのぼる。カナダとの交流の一環として、カーリングの講習会が北海道池田町で開催された。常呂町で酒屋を営んでいた小栗祐治さん(昨年5月、88歳で死去)は、説明を熱心に聞いていた。ホタテの養殖で知られる同町だが、過疎化が進み、映画館が閉鎖されるなど娯楽の場は少なくなっていた。

 カーリングは体格より、集中力が求められる。「これなら、町のみんなが楽しめる」。講習会後、小栗さんは常呂カーリング協会を設立し、会長に就いた。グラウンドの雪を踏み固め水をまいておくと、夜には天然の氷のリンクができあがった。コンクリートをつめたビールタンクがストーン代わり。毛糸を氷に埋め、的の「ハウス」にした。夜になると、大人たちがお湯割りの酒を飲みながらストーンを投げる「星空カーリング」が広まった。小栗さんに誘われてカーリングをはじめた同町の藤吉忍さん(72)は、「町の数少ない交流の場だった」と振り返る。

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  • 屋外でカーリングを楽しむ小栗祐治さん(1980年ごろ撮影)
    屋外でカーリングを楽しむ小栗祐治さん(1980年ごろ撮影)

 街おこしの一環として、町もカーリングの普及を支援した。88年、日本初の屋内カーリング施設「常呂町カーリングホール」がオープン。小・中・高校の体育の授業でもカーリングが取り入れられるようになった。

 星空カーリングで腕を上げた小栗さんは指導者として、子どもたちの育成に力を注いだ。「マリリン」の愛称で知られる「LS北見」主将、本橋麻里選手(31)もその一人。小栗さんに筋がいいと見込まれ、12歳で本格的に競技を始めた。基礎をみっちりたたき込まれ、最初の半年はストーンを持たせてさえもらえなかった。

 吉田知那美(ちなみ)(26)、鈴木夕湖(ゆうみ)(26)の両選手は小学2年から、吉田選手の妹の夕梨花(ゆりか)選手(24)は5歳から小栗さんの下でカーリングを始めた。試合に勝つと、「おじさん」と呼んでいた小栗さんから、喫茶店で名物「流氷ソーダ」をごちそうしてもらうのが楽しみだった。

 教え子たちは高校を卒業すると、青森や札幌の強豪チームに誘われ、故郷を離れた。北見市には実業団チームがなかったためだ。

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 「北見に五輪で戦えるクラブチームを作りたい」。「チーム青森」の一員として2010年のバンクーバー五輪に出場した本橋選手は、そんな思いを抱いていた。それは小栗さんの夢でもあった。

 チーム青森を退団した本橋選手は10年8月、「LS北見」を結成。慣れないスーツを着て、スポンサー探しなど準備に奔走した。「おー帰ってきたんだな」。常呂町の人たちは温かく迎えてくれた。長野や札幌に散った北見出身の選手たちも、本橋選手の呼びかけに応じて帰ってきた。

 夢が現実になろうとしていた17年春、教え子たちの帰郷を誰よりも喜んだ小栗さんが肺がんで入院した。「長い間世話になったね。もう行くから」と弱音を吐く小栗さんを、周囲は「行くのは平昌でしょ」と励ましたが、同年5月26日、息を引き取った。

 4か月後の昨年9月、北見市で平昌五輪の代表決定戦が開かれた。主将の本橋選手は観客席で小栗さんが見守っているように感じた。「おじさんの供養のひとつになったかな」。五輪出場権を勝ち取ると選手たちは穏やかな表情を浮かべた。

 地元の人たちはLS北見に熱い声援を送る。昨年12月の壮行会で吉田知那美選手は胸を張った。「小さい時は、この町にいても夢はかなわないと思っていました。今は、この町にいなければ夢はかなわなかったと思えるようになりました」

 北見カーリングの「父」小栗さんの思いは選手に受け継がれている。

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2018年2月5日14:16 Copyright © The Yomiuri Shimbun

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