冬のオリンピックこぼれ話

箱根を走った男 【1928年 サンモリッツ】

 1920年(大正9年)2月14日に開幕した第1回箱根駅伝。山登りにさしかかったころには、すっかり日が暮れ、沿道にはたいまつが燃やされていました。

 真っ暗なでこぼこの山道を、足袋をはいてひた走る選手たち。「チョウチンをぶら下げてのぼるわけにいかないし、(中略)懐中電灯を腰にぶら下げて走ったですね」と、当時、早稲田大学チームのランナーで、のちに政治家として副総理となった河野一郎さんが、読売新聞の座談会で、箱根の草創期を懐かしそうに振り返っています。

山登り5区トップ 冬の川で泳ぎ鍛錬も

 その河野さんが、たすきを手渡したこともあるチームメートに、一人の異色の選手がいました。麻生(あそう)武治(たけはる)さん(第1回大会当時は20歳)です。

 麻生さんは早大の主力選手として、箱根駅伝に第1回大会から3年連続出場。1年目は復路の9区、2、3年目は往路の山登りの5区を任され、いずれも区間トップ記録で好走。早大が初優勝した第3回大会では、1920年のアントワープ五輪マラソン代表、茂木善作選手(東京高等師範学校=現筑波大)を山登りで猛追する大活躍を見せました。

 毎年冬に行われた早大チームの合宿時、「練習が終わると麻生武治が先頭でウラの川に飛び込んで泳いできたえたものだ。いまじゃそんなことはだれもやりませんが…」と、河野さんは麻生さんの豪傑ぶりも語りました。

スキーでも開花 日本初の五輪代表に

  • サンモリッツ冬季五輪に出場したスキーの日本選手らを回想した1955年12月1日付読売新聞朝刊の連載「冬期オリンピック物語」。紙面写真の右から2人目が麻生武治さん
    サンモリッツ冬季五輪に出場したスキーの日本選手らを回想した1955年12月1日付読売新聞朝刊の連載「冬期オリンピック物語」。紙面写真の右から2人目が麻生武治さん

 そんな麻生さんは、恵まれた体力を生かし、畑違いのスキーでも才能を発揮します。早大卒業後、ヨーロッパに留学した麻生さんは、欧州の山々を駆け巡ってスキーの腕に磨きをかけ、冬季オリンピックに日本が初参加した1928年(昭和3年)2月のスイス・サンモリッツ大会で、スキー代表6人の1人に選ばれたのです。

 箱根駅伝を走り、オリンピックに出場した日本代表選手は、1936年(昭和11年)のベルリンでマラソン銅メダルに輝いた南昇竜さん(明治大)、84年(昭和59年)のロサンゼルス、88年(昭和63年)のソウルのマラソンに出場した解説者の瀬古利彦さん(早大)ら数多くいます。しかし、冬季オリンピックへの出場は麻生さんただ一人です。

 28歳で挑んだサンモリッツの大舞台では、麻生さんはジャンプ、ノルディック複合、クロスカントリーに出場しましたが、残念ながら途中棄権や失格などに終わりました。

 ジャンプの試合結果について、読売新聞は「ダンビング(ジャンプ)も惨敗 サンモリツの氷上大会」の見出しで、「(麻生選手は)三十七米突(メートル)と四十一米突とをジャンプしたが二回とも倒れた」と、転倒による失格を報じています。

 金メダルは73メートルを飛んだノルウェーのタムス選手でした。明治末期にヨーロッパから日本にスキーが伝えられてまだ十数年。力の差は歴然としていました。

シルクロード聖火リレー 夢見て奔走も

 麻生さんは、続く1932年(昭和7年)のアメリカ・レークプラシッド冬季オリンピックで、日本代表のスキー監督に就任。読売新聞への寄稿「我等は如何に闘ふか」では、国際派のスポーツ人らしく、「世界民族のオンパレードであるオリムピアードに集ふ各国から選ばれた人達に日本及び日本人を強く良く印象づける」と、決意をのぞかせています。

 その後、1964年(昭和39年)の東京オリンピックでは、麻生さんは五輪組織委員会のメンバーとして、実現はしなかったものの、ギリシャからシルクロードを聖火リレーする夢を追って、中東などの現地調査に奔走しました。

  • 年を重ねてもやる気とパワーは衰えず、幅広く活躍した麻生武治さん
    年を重ねてもやる気とパワーは衰えず、幅広く活躍した麻生武治さん

 年を重ねても、そのやる気とパワーは衰えませんでした。69歳でドイツの国際壮年ロードレースに参加し、完走者364人のどんじりでゴールイン。80歳のときには、「銀世界の散歩 静かなブーム」の見出しで、歩くスキーの魅力を紹介する読売新聞の記事に、愛好家として登場しています。

 サンモリッツ五輪から、ちょうど半世紀の1978年の秋、全日本スキー連盟の記念祝賀会が都内で開かれ、麻生さんはユーモアを交えて、あいさつしたそうです。「少数精鋭?のわれわれは、体は小さかったが、体内は闘志に燃え大汗をかいての入場行進……」

 真冬の川に飛び込んで鍛え、箱根の山道を駆けのぼった学生時代。スイス・アルプスの雪に抱かれたオリンピックとともに、古き良き時代を懐かしんでいたに違いありません。(データベース部 水戸英夫)

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 1924年(大正13年)の第1回大会以来、今回の韓国・ 平昌 ( ピョンチャン ) で23回目を迎える冬季オリンピック。雪と氷の祭典の長い歴史には、笑いや涙を誘うエピソードもたくさん詰まっています。読売新聞の過去の記事を振り返り、異色の選手、思わぬ結末、式典の舞台裏など、観戦の楽しみが増す「こぼれ話」を拾い上げ紹介します。
2018年2月7日06:00 Copyright © The Yomiuri Shimbun

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