フィギュアスケート

【五輪フィギュア解説】横谷花絵の目…ケガした4回転ルッツ、金メダルの一因では

  • フリー演技での羽生のジャンプ=守谷遼平撮影
    フリー演技での羽生のジャンプ=守谷遼平撮影

 羽生結弦は、平昌オリンピックのSPとフリーを通じ、4回転サルコーや4回転トウループを、体勢を崩した1本を除いて次々と決めた。故障明けのぶっつけ本番という厳しいコンディションを、忘れさせるほどの鮮やかさだった。

 おそらく、サルコーやトウループよりも難度の高い「4回転ルッツ」を、今大会向けに習得していた効果が表れたのではないかと思う。

 2016年夏、羽生が活動拠点とするカナダのリンクを、私は教え子の指導で訪ねた。当時の彼が必死で練習していたジャンプが、4回転ルッツだった。はた目にも、苦戦がはっきり分かった。「この状況では、かなり時間がかかるだろう」と感じた。結局は、五輪までにマスターしてしまったのだから、新たな技術を習得する能力もすごい。

 昨年11月、4回転ルッツの練習で転倒し、羽生は右足首に大けがをした。その後は「彼ほど技術の質が高い選手は、ライバルに対抗して4回転ジャンプのレパートリーを無理に増やす必要はなかった」という声が、フィギュア界のあちこちから上がった。

 私は反対の立場をとりたい。苦労して難度の高い4回転ルッツを跳べるようになってから、羽生にはきっと、4回転サルコーや4回転トウループが「簡単なジャンプ」だと感じられていたはずだ。長いブランクの直後でも「この2種類なら、いつでも成功できる」と、余裕と自信を持てたはず。4回転ルッツを本番で跳ぶことはなかったし、それを身につけたからケガしたのも事実だが、金メダルに結びつく収穫も得られた。そんな4回転ルッツ習得だったとは、解釈できないものだろうか――。

同門から、これほどの才能が…

 羽生は幼少期、故郷・仙台市のリンクで都築章一郎コーチの薫陶を受けている。

 現在80歳の都築コーチは1970年代から、佐野稔・日本スケート連盟理事をはじめとする多数のオリンピック選手を育ててきた指導者だ。五輪には出られなかった私も、実は門下生の一人。ここには詳しく書き記せないほど、猛烈に厳しい指導を受けた。今はさすがに会話もできるが、現役時代はほとんど口もきけないほど、こわい存在だった。

 そんな都築コーチが「こんな天才、初めて出会った」と絶賛した教え子は、羽生ただ一人だ。師匠の言葉に今、納得するほかはない。羽生とは、あいさつを交わす程度の面識しかないけれども、同門から途方もない才能が巣立ったものだと、つくづく思う。

 オリンピック連覇。努力する天才が歴史的快挙を成し遂げた。(敬称略)

解説者プロフィル

 横谷花絵(よこや・はなえ) 1978年3月25日、東京都生まれ。95年全日本選手権優勝。世界選手権出場3回。引退後はプロスケーターを経て、インストラクターに転身した。現在は明治神宮外苑アイススケート場で指導する。

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2018年2月17日19:15 Copyright © The Yomiuri Shimbun

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