東京

今年のイチオシ

天平の時代から奈良・正倉院に伝わる宝物の数々を展示する「第69回正倉院展」(10月28日~11月13日、奈良国立博物館)を前に、宝物の魅力を紹介する「正倉院フォーラム東京」が9月10日、東京都千代田区のよみうり大手町ホールで開かれた。奈良国立博物館の松本伸之館長と、東京国立博物館の沢田むつ代名誉館員・客員研究員の講演を、約500人が聞いた。

図柄、技法文化伝播の系譜

  • 松本伸之(まつもと・のぶゆき) 1956年生まれ。専門はアジア工芸史、彫刻史。京都国立博物館副館長、東京国立博物館副館長などを歴任し、今年4月から現職。
    松本伸之(まつもと・のぶゆき) 1956年生まれ。専門はアジア工芸史、彫刻史。京都国立博物館副館長、東京国立博物館副館長などを歴任し、今年4月から現職。
  • 羊木臈纈屏風(ひつじきろうけちのびょうぶ) 縦163.1センチ、横55.9センチ 
    羊木臈纈屏風(ひつじきろうけちのびょうぶ) 縦163.1センチ、横55.9センチ 

奈良国立博物館 松本伸之 館長

 正倉院には、地球規模でみてもこれほどの宝物群は他に類をみないほど、希少な品物がそろっています。正倉院展の開催が近づき、わくわくしております。

 もともと「正倉」は、大切な物を収める倉のこと。ある建物を囲う一角を「院」と言いました。つまり「正倉」が立ち並ぶ一角を「正倉院」と呼んでいたのですが、歴史を経てきちんと残っているのが、東大寺の正倉院だけになり、固有名詞になったのです。

 正倉院宝物の中核をなすのは、756年に光明皇后が東大寺に献納した聖武天皇の御遺愛の品々です。ほかにも、大仏開眼供養などの儀式の折に貴族が大仏に奉納した品などもあります。

 今年の正倉院展の見所としては、まず「羊木臈纈屏風ひつじきろうけちのびょうぶ」があります。日本で作ったものというのが定説ですが、描かれた巻角の羊は当時日本にはいないので、ペルシャ辺りから来た図柄と言われています。デザインや染色の技法がどのように日本に伝わったかなど、まだ解明されていない問題は残っていますが、非常に希少な一品です。

 「槃龍背八角鏡ばんりゅうはいのはっかくきょう」という鏡は、背面に龍の文様がつき、周辺が八つの花形になることから八角と呼んでいたようです。成分分析の結果、中国鏡と言われています。聖武天皇の御遺愛品の一つで、実際に毎日顔を見ていた可能性もあります。

 「緑瑠璃十二曲長坏みどりるりのじゅうにきょくちょうはい」は緑色のガラスです。鉛が多く含まれ、中国製と考えられています。外側に12の曲がりがあり、西アジアから中央アジアに源流があります。それが中国でガラスになって、日本にもたらされた。

 中央アジアやペルシャの人が直接来たという話ではなく、仲介を経ながら文化要素が日本にまでたどりついたという、国際的な文化伝播でんぱの系譜がはっきりわかる遺物が、正倉院には多々残っています。国際交流の重要性も、正倉院宝物の希少性を語る上で大切です。


松本さんのお薦め  金銅水瓶 こんどうのすいびょう

  • 金銅水瓶(こんどうのすいびょう)
    金銅水瓶(こんどうのすいびょう)

(口径8・8センチ、胴径11・2センチ、高さ19センチ)

 金工史を研究している立場で見ると、造形がとても面白いです。中国にも類品がありません。上に広く開いた口から液体を入れ、細長い首の先の頭から注ぎ出す仕組みです。どんな用途に使ったか、記録がないので不明ですが、何かの儀礼で使ったのではないかと、想像が膨らみます。


時代とともに微妙な色合い

東京国立博物館 沢田むつ代 名誉館員・客員研究員

  • 沢田むつ代(さわだ・むつよ) 1947年、愛知県生まれ。専門は日本・東洋染織、繊維考古。東京国立博物館・法隆寺宝物室研究員、保存修復課保存技術室長などを歴任。著書に『上代裂集成』など。
    沢田むつ代(さわだ・むつよ) 1947年、愛知県生まれ。専門は日本・東洋染織、繊維考古。東京国立博物館・法隆寺宝物室研究員、保存修復課保存技術室長などを歴任。著書に『上代裂集成』など。

 東京国立博物館には正倉院の染織品の一部があります。1876年に内務卿の大久保利通としみちが、正倉院宝庫の塵埃裂じんあいぎれ、つまり、ぼろぼろになった裂の中から、文様の考証に参考となるものを博物館に配備するよう上申書を出したためです。現在、東博には266点もあります。

 飛鳥、奈良時代の染織品を上代裂と呼び、法隆寺に伝えられた法隆寺裂と、正倉院に伝来した正倉院裂が双璧です。法隆寺は7世紀後半から8世紀前半の作品が多く、正倉院は8世紀中頃から末の作品が多い。半世紀くらいの差があります。

 上代裂には、色々な技法が使われています。今年の正倉院展に出る「羊木臈纈屏風ひつじきろうけちのびょうぶ」と「熊鷹臈纈屏風くまたかろうけちのびょうぶ」に使われたのは、ロウを防染剤として文様部分を染め抜いて表す「臈纈」の技法。版型をスタンプのようにしてロウを押すものが多く、「羊木」と「熊鷹」では同じ葉が見られ、型を使い回したことがわかります。ただ、大きい羊の部分は版で押すとムラになるので、筆でロウを塗っています。

 また、お経を包んだ「最勝王経帙さいしょうおうきょうのちつ」は「天平十四年」(742年)と編み出されており、年代が分かる重要な作品です。組みひもを見ると、法隆寺のものは原色ですが、正倉院になると「暈繝うんげん」と言うぼかしが使われます。この経帙も、鮮明ではありませんが暈繝を用いています。時代とともに微妙な色合いが出せるようになり、染めの技術が進んだことがわかります。

沢田さんのお薦め  最勝王経帙 さいしょうおうきょうのちつ

  • 最勝王経帙(さいしょうおうきょうのちつ)
    最勝王経帙(さいしょうおうきょうのちつ)

(縦30センチ、横53センチ)

 縁に使われている錦は、法隆寺に伝わった7世紀の「経錦たてにしき」と比べ、新しい技法の「緯錦ぬきにしき」で織られています。唐花文からはなもんと呼ばれる文様は比較的小さく、奈良時代盛期にみられる大形の唐花文ほど発展していません。時代が移行する間の過渡的な様相がうかがえ、興味深い織物です。

■第69回正倉院展、28日から

  • 近鉄奈良駅下車、徒歩で東へ15分。同駅、JR奈良駅から市内循環バスの外回りに乗り、「氷室神社・国立博物館」バス停で下車すぐ。
    近鉄奈良駅下車、徒歩で東へ15分。同駅、JR奈良駅から市内循環バスの外回りに乗り、「氷室神社・国立博物館」バス停で下車すぐ。

【会場】奈良国立博物館(奈良市登大路町)

【会期】10月28日~11月13日(会期中無休)

【開館時間】午前9時~午後6時。金・土・日曜、祝日は午後8時まで。入館は閉館30分前まで

【料金】一般1100円(1000円/800円)、高校・大学生700円(600円/500円)、小・中学生400円(300円/200円)。かっこ内は前売り(10月27日まで)と20人以上の団体/オータムレイト料金(閉館の1時間30分前から入場できる当日券。会場のみで販売)。※親子ペア観覧券(一般1人と小・中学生1人で利用可能。プレイガイドでの前売りのみ)は1100円

【主催】奈良国立博物館

【協賛】岩谷産業、NTT西日本、関西電気保安協会、キヤノン、京都美術工芸大学、近畿日本鉄道、JR東海、JR西日本、シオノギヘルスケア、ダイキン工業、大和ハウス工業、白鶴酒造、丸一鋼管、大和農園

【特別協力】読売新聞社

【協力】NHK奈良放送局、ミネルヴァ書房、読売テレビほか

 詳細はハローダイヤル(050・5542・8600)か、ヨミウリ・オンライン「正倉院展」(http://www.yomiuri.co.jp/shosoin/)で。

古代の日本に触れる

 正倉院展開催中、秋の大和路では、古代の日本に触れることができる展覧会がほかにも開かれる。 「平安の正倉院」とも呼ばれる春日大社(奈良市)の国宝殿では、特別展「神が遺した秘宝―春日大社は平安の正倉院―」が12月13日まで開催されている。奈良文化財研究所平城宮跡資料館(同市)は、出土木簡を展示する恒例の「地下の正倉院展」(10月14日~11月26日)を開催。同研究所の飛鳥資料館(明日香村)では、高松塚古墳の石室解体事業の成果を紹介する「高松塚古墳を掘る―解明された築造方法―」(10月6日~12月3日)も開かれる。奈良県立橿原考古学研究所付属博物館(橿原市)では、特別展「黒塚古墳のすべて」(10月7日~11月26日)を開催。三角縁神獣鏡などが展示され、黒塚古墳の全貌を知ることができる。