宝物の科学 べっ甲 万能の生物素材

  • 沈香把玳瑁鞘金銀荘刀子(じんこうのつかたいまいのさやきんぎんそうのとうす) 全長16・1センチ、刀身長6・2センチ
    沈香把玳瑁鞘金銀荘刀子(じんこうのつかたいまいのさやきんぎんそうのとうす) 全長16・1センチ、刀身長6・2センチ
  • 蘇芳地六角几(すおうじのろっかくき) 直径52・0センチ、高さ12・3センチ
    蘇芳地六角几(すおうじのろっかくき) 直径52・0センチ、高さ12・3センチ

 正倉院の宝物には、優れた特性を持つ素材が巧みに用いられた。その一つがべっ甲で、加工性の良さや透明感の秘密は、特殊な微細構造にあるという。銅鏡では、絶妙の成分比で輝きと耐久性を両立させていたこともわかった。科学的な視点を交え、正倉院展の出展品の魅力を紹介する。

 黄色と黒の鮮やかなコントラストと、透けて輝く裏地の金箔きんぱくが目を引く小刀「沈香把玳瑁鞘金銀荘刀子じんこうのつかたいまいのさやきんぎんそうのとうす」。さやを彩るのは、サンゴ礁が広がる熱帯の海にすむウミガメの一種、タイマイの甲羅を使ったべっ甲細工だ。

 べっ甲の加工技術は歴史が古く、中国・前漢時代の紀元前1世紀に編さんされた歴史書「史記」にも記載がある。日本に伝わったのは飛鳥時代の600年頃とされる。

 古代から重宝されてきたのは、美しい模様と独特の透明感に加え、加工のしやすさという特長があるからだ。その秘密は、甲羅の構造に隠されている。

 ウミガメに詳しい岡山理科大の亀崎直樹教授(61)によると、タイマイの甲羅は、骨の上に厚さ3~5ミリのたんぱく質の繊維の層が年輪のように積み重なってできている。べっ甲は、この表層部を加工したものだ。

 正倉院にはアオウミガメの甲羅を用いた宝物も伝わるが、表層部は厚さ1ミリ程度しかなく、加工が難しい。亀崎教授は「甲羅が厚いのは、硬いサンゴから身を守るためだろう」と説明する。

 水に浸して60~70度に熱すると、自在に曲げられるようになるのも長所だ。日本べっ甲協会(長崎市)によると、積み重なった繊維層に水がしみ込むことで軟らかくなり、熱も伝わりやすくなるという。

 また、表層部を重ねて加熱し、力をかけると密着する。たんぱく質の一部が溶け出し、接着剤の役割をすると考えられ、同協会の田中淳功あつのり会長(64)は「接着剤なしで貼り重ねることができ、透明感が保たれる。これもアオウミガメにはない特長だ」と話す。

 タイマイは、絶滅が心配される動植物の国際取引を規制するワシントン条約の対象に指定され、日本では1993年から輸出入を禁止している。このため、現在は禁輸前の在庫を使った商品のほか、べっ甲模様のプラスチック素材が眼鏡のフレームやくしなどに用いられている。

 ただし、歴史をひもとけば、べっ甲模様を似せる技法は古代からあった。「仮玳瑁げたいまい」という技法で、今回出展される献物台「蘇芳地六角几すおうじのろっかくき」でも、脚に貼った金箔に墨や植物の染料を塗り、模様を再現している。

 田中会長は「熱帯にすむタイマイは希少価値が高く、当時から人々の憧れだったのだろう。様々な魅力を兼ね備えた素材で、自然の神秘と言える」と話す。

 

中国の鏡 卓抜した技術

 大型の銅鏡「鳥花背八角鏡ちょうかはいのはっかくきょう」と「槃龍ばんりゅう背八角鏡」は、全体がさびに覆われ、輝きは失われている。当時どのように映っていたのだろうか。

 「今の鏡とあまり遜色ありませんよ」。兵庫県加西市の県立考古博物館加西分館「古代鏡展示館」で、学芸員の中村弘さん(50)は輝く銅鏡を手に、こう説明した。

 この銅鏡は、同館が鋳金作家に依頼し、当時とほぼ同じ技法で復元したもの。まず粘土や砂などで銅鏡の鋳型を作り、高温で溶かした銅合金を注ぎ込む。冷えて固まった後、砥石といしや木炭、鹿革で鏡面を研磨、つや出しする――といった工程だ。

 元宮内庁正倉院事務所保存課長の成瀬正和さん(63)によると、正倉院の銅鏡は、成分比で中国鏡(唐鏡)と国産鏡に分類できるという。

 中国鏡は、銀白色のスズの比率が約25%と高いため、色がきれいに映る。鉛を加えることで、溶融した銅合金の粘りが消え、鋳型の隅々まで行き渡ったと考えられている。今回出展される2面はこのタイプだ。

 一方、国産鏡はスズ比率が約20%と低く、不純物としてヒ素を含む。成瀬さんは「スズが多いほど銀白色になるが、もろくなる。中国鏡の成分比は、色と丈夫さの折り合いがつく限界ギリギリの値だ」と指摘する。

 古代鏡展示館の復元鏡は、実はスズ比率が22%で、鏡面は少し黄色がかっている。銀白色の中国鏡と同じ25%に近づけると割れやすく、制作が困難になるという。

 中村さんは「成分比のわずかな違いで、仕上がりに差が出る。製法に未解明の点も多く、当時の卓抜した技術を実感している」と話す。

 ◎この特集は、松田俊輔、萩原隆史(大阪本社科学医療部)が担当しました。