スキージャンプ

高梨沙羅(たかなし・さら)

  • 五輪シーズンのW杯開幕戦を前に、フィンランド・ロバニエミで(2017年11月22日、若杉和樹撮影)
    五輪シーズンのW杯開幕戦を前に、フィンランド・ロバニエミで(2017年11月22日、若杉和樹撮影)

プロフィル

 1996年10月生まれ。北海道上川町出身。ジャンプ選手だった父・寛也(ひろなり)さんと、4歳上の兄の影響で、小学2年で競技を始める。13歳だった中学1年生の時、大倉山で初めてラージヒルを飛び、先輩たちを抑えて100メートルジャンプを2本そろえて優勝した。2011年に始まったジャンプW杯女子では個人総合を4度制し、通算53勝は男女を通じた歴代最多タイ。優勝を確実視されて臨んだ2014年ソチ五輪は4位でメダルを逃し、平昌(ピョンチャン)五輪での雪辱を期す。日体大在学中。1メートル52、44キロ。

高梨、惜しい3位…ジャンプW杯第4戦(2017年12月17日)

  • 2回目のジャンプを終え、後の選手のジャンプを見つめる高梨(2017年12月17日、独ヒンターツァルテンで)=上甲鉄撮影
    2回目のジャンプを終え、後の選手のジャンプを見つめる高梨(2017年12月17日、独ヒンターツァルテンで)=上甲鉄撮影

 ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプ女子は17日、ドイツのヒンターツァルテンで個人第4戦(HS108メートル、K点95メートル)が行われ、高梨沙羅(クラレ)が98メートル、100メートルを飛び、248・8点で、今季2度目の表彰台となる3位に入った。マーレン・ルンビ(ノルウェー)が269・1点で今季2勝目、通算6勝目を挙げた。

54勝またも持ち越し

 ノルウェー・リレハンメルでの第3戦に続き、高梨が2戦連続の3位で表彰台に立った。しかし、男女を通じて歴代単独最多の通算54勝はまたも持ち越しとなった。

 ヒンターツァルテンでは15日の予選、16日の団体戦と着実に飛距離を伸ばし、団体戦後には「すごく力強く飛べたかなと思います」と手応えを語っていたが、今季好調のマーレン・ルンビ(ノルウェー)、カタリナ・アルトハウス(独)の2強には、また届かなかった。

 第3戦後の欧州合宿でも、悪天候でジャンプ練習がほぼ1日しかできなかったこともあり、冬季のジャンプ練習は十分に積めていない。「完成度が高まっていない。安定してくるまでジャンプの本数を飛ぶことが必要」とチーム関係者にも焦りはない。帰国後は札幌で練習し、年明けの次戦(1月6日、ルーマニア・ルシュノフ)に備える。(ヒンターツァルテン 増田剛士)

女子ジャンプ団体 初V(2017年12月16日)

  • 女子団体戦、高梨沙羅の1回目のジャンプ(2017年12月16日、ドイツ・ヒンターツァルテンで)=上甲鉄撮影
    女子団体戦、高梨沙羅の1回目のジャンプ(2017年12月16日、ドイツ・ヒンターツァルテンで)=上甲鉄撮影

 ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプ女子は16日、ドイツのヒンターツァルテンで、女子では初開催となる非五輪種目の団体の第1戦(HS108メートル、K点95メートル)が行われ、伊藤有希(土屋ホーム)、岩渕香里(北野建設)、勢藤優花(北海道ハイテクAC)、高梨沙羅(クラレ)の順で飛んだ日本は、合計956点で優勝した。

普段はライバル 「喜び数倍に」

  • 高梨沙羅の2回目のジャンプで優勝が決まり、ハイタッチで喜ぶ(右から)岩渕香里、高梨、伊藤有希、勢藤優花(2017年12月16日、ドイツ・ヒンターツァルテンで)=上甲鉄撮影
    高梨沙羅の2回目のジャンプで優勝が決まり、ハイタッチで喜ぶ(右から)岩渕香里、高梨、伊藤有希、勢藤優花(2017年12月16日、ドイツ・ヒンターツァルテンで)=上甲鉄撮影

 日本のアンカーを務めた高梨が「みんなの力を借りて初代女王の称号を勝ち取れた。喜びも数倍跳ね上がりますね」とチームの思いを代弁した。普段はライバルとして戦う日本の4人が、手を取り合い、団体初優勝を喜んだ。

 総合力の勝利だった。伊藤が1番手トップの104メートルで好スタートを切ると、2番手の岩渕、高梨も100メートルに乗せ、首位で折り返す。3人は2回目も100メートル台のジャンプをそろえ、勢藤も2回とも3番手の中で2位の得点を稼いで貢献。結局一度もトップを譲らずに、完全勝利を成し遂げた。

 女子W杯が始まって7季目。選手数の増加や競技レベルの向上で、「男子と同様に団体戦が行われるのは必然の流れ」と国際スキー連盟の関係者は言う。高梨は女子の歴史をつないできた選手たちに思いをはせ、「先輩たちの苦労が少しでも報われると思う」。優勝候補のドイツの選手が転倒し負傷するアクシデントはあったが、女子ジャンプの記念すべき1戦で、日本が底力を示した大会になった。(ヒンターツァルテン 増田剛士)

高梨沙羅が欧州合宿へ出発「目指すは平昌五輪で金」(2017年11月11日)

 スキー・ジャンプ女子の高梨沙羅選手(21)(クラレ)が11日、今シーズンのワールドカップ(W杯)開幕前にヨーロッパで行う雪上合宿のため、成田空港を出発した。高梨選手は記者団に「(今年は)4年に一度の勝負の年だと思っている。目指すところは平昌オリンピックで金メダルを取ること」と、オリンピックシーズンへの意気込みを語った。>>動画はこちら
 昨シーズンまでにW杯史上最多タイとなる通算53勝をあげ、開幕戦でのあと1勝に期待がかかっていることについては「あまり気にしていない。内容を重視してやっていきたいし、結果はその後についてくる」と冷静に語った。

開幕逆転V(2017年11月3日)

  • 優勝した高梨沙羅の1回目のジャンプ(2017年11月3日、上甲鉄撮影)
    優勝した高梨沙羅の1回目のジャンプ(2017年11月3日、上甲鉄撮影)

 スキージャンプ・全日本選手権ノーマルヒル(NH)(3日・札幌市宮の森ジャンプ競技場=HS100メートル、K点90メートル)――氷の助走路で冬シーズン開幕戦として行われた。女子は高梨沙羅(クラレ)が、1回目に94メートル、2回目に93メートル50を飛び、合計234.5点で2大会ぶり3度目の優勝を果たした。2位は伊藤有希(土屋ホーム)。

K点越え2本「次につながる」

 紅葉の風景が広がるジャンプ台周辺はまだ冬景色ではないものの、氷の助走路で行われた冬季初の公式戦。ただ一人、K点越えジャンプを2本そろえる安定感が光った高梨が、2大会ぶりに日本一に返り咲いた。

 94メートルで2位につけた1回目は、最長不倒を飛んだ伊藤に7.8点差をつけられたが、自分の飛躍に集中した。2回目も93メートル50にまとめ、結果を待った。伊藤は度々の中断で待たされた揚げ句、その間に助走路に霜が付着した影響で助走速度が上がらず、83メートルにとどまった。終わってみれば17.1点もの差をつけて、高梨が逆転で勝利をもぎ取った。

 「良い条件で飛べて、運を味方につけられた」こと以上に課題を修正できたことが大きいだろう。最近の練習では上半身の力を使った踏み切りで空中で上体が起き上がる悪い癖が出ていたが、「(脚力で)G(重力加速度)をはね返す。シンプルな考え方で飛んだら、試合はうまくまとめられた。次につなげられる試合になった」と笑みがこぼれた。

 金メダル奪取を最大の目標に掲げる平昌五輪へ、21歳の女王が気持ち良く滑り出した。(増田剛士)

高梨53勝 W杯最多タイ…美しい飛躍求め続け(2017年2月17日)

  • W杯通算53勝を挙げ、笑顔を見せる高梨
    W杯通算53勝を挙げ、笑顔を見せる高梨

 スキージャンプ・ワールドカップ(W杯)女子個人第18戦(HS109メートル、K点98メートル)が2月16日、韓国・平昌で行われ、15日に個人総合優勝を決めている高梨沙羅(クラレ)がW杯通算53勝目を挙げ、男子のグレゴア・シュリーレンツァウアー(オーストリア)が持つジャンプの歴代最多勝記録に並んだ。2012年3月の初勝利から約5年で到達した。3月12日にオスロで行われる今季の最終第19戦で、単独の歴代1位を狙う。

 1回目に99メートル50で2位につけた高梨は、2回目に97メートルを飛んで逆転優勝し、今季9勝目。伊藤有希(土屋ホーム)は2位で、前日に続く2連勝はならなかった。勢藤優花(北海道メディカルスポーツ専門学校)は自己最高タイの5位に入った。

スキー板を変更 本来の滑り復活

 1年後の五輪本番と同じジャンプ台で、高梨が大きな一つの節目を迎えた。初出場から89戦目でたどり着いた歴代最多の53勝。「舞台もレベルも違うので複雑ですけど、記録を出せたことは自信になりました」。男子への敬意を忘れない、彼女らしい表現で喜んだ。

 2位で迎えた2回目。飛距離が出過ぎる危険を避けるため、直前でゲートが2段下がっても慌てなかった。他の上位選手より1メートル前後も向かい風に恵まれなかったにもかかわらず、97メートルにまとめて逆転。前日2位に終わった敗因に助走スピードの遅さを挙げていたが、この日は、試技からスキー板を新品に変更した。見事にこれがはまり、本来の滑りが復活。機転と修正力の高さで大記録を引き寄せた。

  • W杯ジャンプの通算勝利数ランキング
    W杯ジャンプの通算勝利数ランキング

 国際スキー連盟によると、W杯で1勝以上を挙げた選手は、男子が151人、女子が14人。歴史ある男子に比べ、6季目の女子は選手層も薄く、競技として成熟したとは言えない創成期だ。その中で積み上げた数字に高梨は関心を示さない。それよりも「記録は人の記憶からかき消されてしまう。記憶に残る選手になりたい」というのが本心だ。

 「どんな会場でも、助走路でそのジャンプ台特有のG(重力加速度)を感じて、それをタイミング良くはね返すのが理想。シンプルだけど、難しいんですよね」。ジャンプのことを語り出すと、自然と熱を帯びるのは、この競技を心から愛しているから。無駄のない、美しいジャンプを求めて、20歳の女王は突き進む。(韓国・平昌 増田剛士)

シュリー 8年で達成

 男子でW杯歴代最多勝記録を持つ27歳のシュリーレンツァウアーは、16歳で出場した2006年12月にW杯で初勝利をマークし、2014年12月までの8年間で53勝を挙げている。約1年間の休養を経て1月に復帰したが、今月のドイツでのW杯予選で膝を痛め、再び試合から離れている。五輪では2010年バンクーバー大会の個人のノーマルヒルとラージヒルでいずれも銅メダルを獲得した。日本男子のW杯最多勝は、葛西紀明(土屋ホーム)の17勝。

目力メイク 20歳の決意 「広い視野で」ソチの雪辱へ(2017年2月9日)

  • 今シーズンから始めたメイクやジャンプの技術、精神面について語る高梨(1月22日、東京都港区で)=吉岡毅撮影
    今シーズンから始めたメイクやジャンプの技術、精神面について語る高梨(1月22日、東京都港区で)=吉岡毅撮影

 きりっと太く描いた眉。人工毛を貼る「まつ毛エクステンション」で、ぱっちりと開いた目。昨年10月に20歳の誕生日を迎えたのを機に本格的に始めたメイクは、少女の顔を大人の女性へと大きく変えた。
 最初は「周りから身だしなみに注意しなさいと言われて始めた」程度だった。それが、ジャンプ同様、テクニックの習得に夢中になった。
 「研究しているうちにエスカレートしてしまって。きょうはアイラインを上げてみようとか、アイシャドーを変えて外国人風にしてみようとか。今では自分の顔を変えるのが楽しい」
 一見、競技とは無関係に思えるが、オフの時は息抜きになり、勝負の時には「オンにスイッチを入れる」役目を果たしている。

 平昌(ピョンチャン)五輪を翌年に控える2017年の目標に、「広」の一文字を掲げた。報道陣の質問にとっさに切り返した言葉だったが、「広い視野」を持つことの大切さを痛感しているからこそ、口をついて出たキーワードだった。
 昨春、平昌を目指す選手たちに五輪メダリストが心構えを説く講習会が都内で開かれた。04年アテネ五輪陸上男子ハンマー投げで金メダルを獲得した室伏広治さん(42)の言葉が、心に響いた。「漠然と練習しているんじゃ無駄な時間を過ごすことになる。自分を客観的に見る力、ほかの人の意見も取り入れて自分のものにしてしまう力が大事だと教わった」
 重圧から視野が狭くなり、自滅した苦い経験がある。
 12~13年のワールドカップ(W杯)で個人総合初優勝を果たし、金メダル最有力候補として臨んだ14年ソチ五輪で、まさかの4位に終わった。ジャンプ女子が正式種目となって初の五輪だった。「先輩たちが苦労して作り上げた舞台で、感謝の気持ちを結果で伝えたかったのに、結果ばかりを気にして自分のジャンプが出来なかった」と言う。

 2季連続4度目の個人総合優勝を目指す今季のW杯では、開幕から6戦5勝で通算49勝としてから、5試合連続で優勝を逃す試練を味わった。「以前なら何がどうなっているのかわからず、改善しようがなかったが、今は経験を積み、どう改善すべきか、アイデアもある」。コーチの助言に耳を傾け、自分なりに課題を洗い出して、1月29日にルーマニアのルシュノフで行われた第12戦で節目の50勝に到達した。
 今月4、5日にオーストリアのヒンツェンバッハで行われた第13、14戦でも連勝。グレゴア・シュリーレンツァウアー(オーストリア)が持つ男子歴代1位の53勝に王手をかけ、平昌五輪のプレ大会となる15、16日の第17、18戦に挑む。その後には、個人戦で初の金メダルを目指す世界選手権(22日開幕、フィンランド・ラハティ)が控える。
 「大事な試合にピークを合わせる力が、今までの自分にはなかった。広い視野で物事を見て、余裕を持って行動し、オンの時にいかにベストを尽くせるか」
 ソチでの敗北から学んだ教訓が、女王を前へと突き動かしている。(増田剛士)

ソチ五輪 高梨「どこか違った」悔し涙(2014年2月11日)

 新種目の女子個人ノーマルヒルで、メダル候補だった高梨沙羅(クラレ)は4位、伊藤有希(土屋ホーム)は7位でともに入賞。山田優梨菜(長野・白馬高)は最下位の30位だった。カリナ・フォクト(独)が優勝した。

首位と4.4点差4位

  • メダル獲得を果たせず、涙する高梨(左)=2014年2月11日、菊政哲也撮影
    メダル獲得を果たせず、涙する高梨(左)=2014年2月11日、菊政哲也撮影

 「自分の思い通りに飛べなかったということは、メンタルの弱さだと思う」。金メダルを本命視されながら4位に終わった高梨が、潔く現実を受け入れた。

 今季のワールドカップ(W杯)13戦10勝。重圧には慣れっこの高梨にとっても、五輪の舞台は特別だった。「どの試合でも、(普段と)変わらず挑んでいたつもりだけど、やはりどこか違うところがあった」

 ソチ入り前から助走姿勢への違和感を口にしていた。試合前日の練習では好内容のジャンプを見せ、周囲を安心させたが、この日は一転、体が突っ込み気味に飛び出す悪い時の癖が出た。

 1月22日に日本を離れた後、スロベニアでW杯2戦連続2位、イタリアでの世界ジュニア選手権で個人・団体2冠、オーストリアでW杯2連勝と、9日間で6戦。「試合に出ることで、練習より集中して飛べる」という選択だったが、ソチ入り後の数日間、ジャンプ練習ができなかった。体の疲労は解消できても、ずれた歯車を修正する機会がなかったのは、計算外だったかもしれない。

  • 2回目のジャンプで着地する高梨(2014年2月11日、ロシア・ソチで)=松本剛撮影
    2回目のジャンプで着地する高梨(2014年2月11日、ロシア・ソチで)=松本剛撮影

 「この舞台に立てるのは女子ジャンプの先輩たちがいたから。感謝の気持ちを込めて飛びたい」と繰り返していた高梨。試合後、日本女子ジャンパーの先駆けでもある山田いずみコーチに、「メダルを見せてあげられなくてごめんなさい」と泣きながら謝った。

 山田コーチは、「今日からがスタートだよね」と返したという。悔し涙を知った17歳が4年後、一回りも二回りもたくましくなって、五輪の舞台に戻ってくることを期待したい。(三室学)