科学

この目で見た! 皆既日食の神秘

元読売新聞メディア局編集部長 中塚雅幸

 ロッキーの山なみに黒い太陽が輝いた――。北米大陸を横断する皆既日食が21日昼(日本時間22日未明)に観測された。日本から遠征した多くの人も空を見上げ、天空の神秘的な現象に引き込まれた。

アメリカでもお祭り騒ぎ

  • 赤丸がアイダホ州 (C)国立天文台
    赤丸がアイダホ州 (C)国立天文台

 私が皆既日食を観測したのは、2009年7月の烏鎮(うちん)(中国・浙江省)以来2度目。雨雲に阻まれながら薄っすらと見えるダイヤモンドリングに呆然としてから8年がたち、その間、2012年の東京で見られた金環日食も雨にたたられる不運だったが、ようやく日食を堪能することがかなった。

 2009年の皆既日食は、日本のトカラ列島や硫黄島でも見られるということで、「日本では46年ぶり」「今世紀で一番長時間の皆既日食」などと大いに盛り上がったのを記憶している人も多いだろう。

 日本の陸地で皆既日食が見られる機会はなかなかない。では、日本と違って広いアメリカでは日本よりも頻繁に見られるのかというと、そうでもなく、米国本土では1979年以来38年ぶり、大陸横断だと99年ぶりだ(ほかにハワイで91年に起きている)。

 今回、観測可能なのは西海岸のオレゴン州から東海岸のサウスカロライナ州まで14州にわたるが、太陽が完全に隠れる皆既日食になるエリア(皆既帯)は幅約100キロだけ。時期が夏休みに重なっていることもあって、その帯を目がけて各地から多くの人が集まった。キャンピングカーで観測条件が良さそうなところに乗り付けて空に望遠鏡を向ける人も多く、各地で渋滞も発生。テレビのニュース番組では、何日も前から特別番組の予告で盛り上がり、運輸当局が「皆既日食中はブレーキを踏まないで」と事前にアナウンスするなど、異例づくめだ。アメリカ人らしく、Great Solar Eclipseと名付けて「国民的行事」化し楽しんでいる。

  • 観測地のアメリカ・アイダホ州クレイトン
    観測地のアメリカ・アイダホ州クレイトン

 観測地選びは重要だ。日本から行きやすいのは西海岸だが、海に近いと雲が出やすい。また、おおまかに言ってアメリカの東半分も晴れの確率がやや下がる。日食の大敵は雲だ。

 私が観測したのは、アイダホ州クレイトンという田舎町だ。かなりのへき地だが、ロッキー山脈の山中の谷間に位置していて、雲が山に遮られて雨がほとんど降らない。

 同行した日本からの観測ツアーは、240人の大所帯。10回以上参加している強者も少なくない。アメリカ人もあまり行かないような山中に日本人が大挙して押しかけ、観測場所の農場の人も「こんなにたくさんの日本人は初めて見た」と驚き顔だ。

いよいよその時、2分4秒の出会い

  • ダイヤモンドリング
    ダイヤモンドリング

 いよいよ当日。やはり快晴だ。遠くモンタナ州などで発生した山火事の影響で、空が白っぽく煙っているが、日食には影響なさそうだ。東の空に丸い太陽が見える。午前6時40分(現地時間、以下同じ)に観測地入り。参加者は、一斉に農場内の思い思いの場所に散らばり、カメラや望遠鏡のセットを始める。太陽の高度はまだ低いが、待ち遠しくて仕方ないのだ。

 午前10時12分、日食が始まる。太陽の表面に見えていた黒点も徐々に隠されていく。最初のうちは日食が始まったことにも気づかないが、徐々に太陽は細長い三日月形に欠け、気が付くと薄暗くなってきた。空が青く、太陽が出ているのに、全体が暗くなっていくという不思議な景色だ。気温がすーっと下がっていく。そして11時29分、細い太陽が一瞬、円となって明るく白く輝く。ダイヤモンドリングだ。

  • 皆既中は急激に下がった気温。皆既前の16.4度が皆既直後には12.6度に
    皆既中は急激に下がった気温。皆既前の16.4度が皆既直後には12.6度に

 気が付くと黒い月の影のまわりに太陽の外側にある高温の大気、コロナが広がる。写真やテレビの映像で見ると、コロナは何となくぼんやりとした真っ白なものというイメージでいたが、例えていうと、真っ白なLEDライトが真っ暗闇の中で光り輝いている様子を想像すると近いかもしれない。力強い光が圧倒的な存在感を見せている。カメラの望遠レンズで見ると、影の縁に真っ赤な炎が吹き上げているのが見える。プロミネンスという現象で、コロナとともに特殊な装置を使わない限りは皆既日食の時しか見えない。

 1時間16分かけて少しずつ欠けてきた日食だが、皆既の時間はわずかに2分4秒。黒い太陽の一点からコロナとは違う光が漏れ始め、2回目のダイヤモンドリングとともに皆既状態はおしまいだ。皆既が始まるダイヤモンドリングよりも終わりのダイヤモンドリングのほうが美しい。目が闇に慣れていることもあるが、漏れ出た光が増していく様子が気分を高揚させるのだ。その瞬間、まわりで見ている人たちが一斉に拍手し、花火が上がった。日本人もアメリカ人もなく、素晴らしい光景を目にできた喜びを皆で分かち合った。

「日食病」患者として

  • 月の影の縁に輝くコロナ。真っ赤に吹き上げるプロミネンスも見える
    月の影の縁に輝くコロナ。真っ赤に吹き上げるプロミネンスも見える

 俗に「日食病」という言葉がある。日食が近づくと落ち着かなくなり、場合によっては世界中への遠征さえいとわない。自覚症状はないが、家族に言わせると私も患者らしい。

 「見てみたい天文現象を三つ挙げなさい」と問われると、「大流星雨」「オーロラ」とともに「皆既日食」を選ぶ天文ファンが多い。人によってはオーロラのかわりに大彗星(すいせい)とする人もいるようだが、皆既日食を外す人はまずいない。

 理屈っぽく比較すると、オーロラはカナダか北欧のそれなりの場所に行き、晴れればかなりの確率で見える。流星雨は当たり外れが激しすぎて期待しにくい。その点、皆既日食は、時間と場所が正確に計算されている。しかし、起きるのは世界中のどこかで1年に1度あるかないか(来年はない)で、しかも行きにくい場所が多く、当然、天候にも左右される。つまり、時間と費用をかけ、それなりの苦労をすれば手が届くかもしれない「高根の花」ということ。逃げられれば追いかけたくなり、会えてもせいぜい数分。雲が出れば「ドタキャン」同然だ。七夕以上の逢瀬(おうせ)の切なさが日食病の原因、とは、きれいに言い過ぎだが、そういう厄介なのめり込み方をしている人が「日食病」患者なのだ。

 御託を並べたが、日食病の感染原因を一言で言うと「現象の神秘性と美しさ」。これに尽きると私は思う。写真や動画を紹介したが、肉眼の感動にはかなわない。8年前に中国で真っ黒な雲の間に真っ白に力強く輝くコロナが見えなければ、今回アメリカに来ようとは思わなかっただろう。今回、天候にも恵まれ、素晴らしい日食を目に焼き付けることができたが、日食病患者の始末に負えないところは、きれいな日食を目にすればするほど、次の日食が待ち遠しくなること。1度見れば満足するというものではないのだ。

日本で次に見られるのは2035年

 ただ、いくら日食病患者でも、これからしばらくは観測条件が悪い。2019年と20年に偶然2年続けて南米のアルゼンチンとチリで起きるが、日本からは遠く、費用・時間両面で負担が重い。その後は、海の上や南極などが主な皆既帯で、簡単に行ける場所ではない。比較的行きやすいのは2024年4月のメキシコとアメリカ。私はおそらく、それまで皆既日食とはお別れだ。

 日本では、18年後の2035年9月に能登半島から北関東にかけて見られる。県庁所在地だけを挙げても、富山、長野、前橋、宇都宮、水戸が皆既帯に入り、天気が良ければ多くの人が皆既日食を目にすることができるはずだ。本州で見られるのは1887年(明治20年)以来148年ぶりになる。

 読売記事検索で当時の記事を調べると、観測者用の臨時列車が出たり、博物館・動物園や寄席から日銀までもが休みになったり、陸軍が休暇を特別に許可したり、国が観測の心得を発表したりと、大騒ぎしていたことがわかる。2035年は、間違いなくもっと盛り上がるはず。今から楽しみだ。

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