株式会社ツナグ

「読売新聞ファン」を増やすために~佐藤尚之氏(後編)

前編から続く)

地方ではネットがあまり使われていない

  • 「新聞が主要メディアでなくなる日が必ず来る」
    「新聞が主要メディアでなくなる日が必ず来る」

 ――以前、このコーナーで津田大介さんが、地方でレストランの口コミサイトを使っても良い店がぜんぜん出てこない、と言っていました。

 ええ、地方だとスターバックスなどのチェーン店が1位になることもありますよ。

 ――地方の良い店の情報は地元の記者が持っているはずだから、新聞社はそんな情報も提供したほうが良いというお話でした。

 地方ではネットがあまり使われていないんです。あんなに人気と言われるインスタグラムでも、全国で2000万人くらいしか使っていない。調査によると、そのうちの2割のヘビーユーザーが、総利用時間の8割を占有しているので、たった400万人の中で盛り上がっていることになる。残りは1億2000万人います。「インスタ映え」ってテレビがやたらに強調するから、「インスタグラム」も「インスタ映え」も言葉としては知っているでしょうが、ちゃんと使っているのは都会に住む一部の人間です。アーリーアダプターやイノベーターです。でも、全国民を学校のクラスに例えると、クラスで1~2人ですよ。残りのほとんどは、違うつながりでつながっている。その人たちには今でもテレビのマスメディアは十分に届く。

 ――そういう意味では、新聞も部数が落ちているものの、今も多くの読者を抱えています。ちゃんと新聞を支える人がいるということですね。

 人というか、世帯が支えている。世帯に高齢のインテリがいるので、そこには伝わっている。もっとも、その家で娘や息子が読んでいるかと考えると、わからない。親世代とキュレーションが違うからです。

 ――では、この先、今の10~20歳代が社会の中核になった時に、新聞は彼らの主要メディアにはならないとお考えですか?

 今のまま変わらなければ、そうですね。現在の50~70歳代にフィットしているキュレーションを、そのまま10~20歳代が読むとは思えない。

記者の文脈が伝わるように

  • 「記者の人柄を出すべきか、常に議論になる」
    「記者の人柄を出すべきか、常に議論になる」

 ――ネット上の反応を見ていて興味深いのは、「マスコミは上から目線」というのがある。でも、新聞って上から目線ですよ、昔から。批判する媒体だからです。政権のことをわざわざほめることはないし、問題点を指摘するのがジャーナリズムの主な機能です。批判精神をもって世の中を見るわけです。それを「上から目線」という言葉にしてしまうと、おかしなものになってしまう。つまり、ネットの中では、ジャーナリズムにも人間関係の中で求められるような態度が要求される。批判すると「偉そうに」という反応が返ってくる。控えめな態度をジャーナリズムに求めるのはどうかと思います。

 でも、原田さんの人柄を知り、その文脈を理解した上であれば、原田さんのジャーナリスティックな態度に腹は立ちませんよね。つまり、記者の文脈が見えていないのが問題なのだと思います。極論するとそれは、匿名で放言している掲示板と一緒になってしまう。署名記事にすれば良いという話ではありません。記事に付いている名前なんか覚えないでしょうから。

 僕はかつて、ネット上でグルメ情報を、割ときつめのトーンで書いていたんですよ。ネット草創期のころです。厳しいグルメ記事だけ出しても偉そうに見えるので、心がけていたのは、どんな文脈の中にいる人間が書いているのかを全部さらけ出すようにした。

 こんな映画を見て、こんな本を読んで、こんなことを考えているという日記も毎日出して、好き嫌いも隠さず載せました。「そういう人間が、この店のことを好きなんだ」という文脈を見せるようにしたんです。一度僕の文脈を理解して信じてくれたら、僕が全く違うジャンルを薦めても、見る側は信用してくれるんです。ワインだけとても詳しくて、あとは何の知識もないソムリエがいたとしたら、僕はその人のワインをあまり信用できません。その人がどういう絵画や音楽が好きで、どういう人生を送ってきたか分かると、「そういう人が薦めてくれたワイン」という文脈ができる。そうすると、そのソムリエが薦めてくれたワインをぜひ味わいたくなる。そういう文脈が大切だと思います。

 何が言いたいかというと、文脈がわからない人が記事を書いて、「こうあるべきである」と書いても意味がない。ネット上にはあらゆることに対していくらでも説はあるわけで、みんないろいろ勝手なことを言います。記事も、そのひとつになってしまう。でも、記者の文脈をもっと出してもらって、それが理解でき共感されると、その人が何かを批判していても、ネットの中でもそれなりに受け止められると思いますよ。

 ――「読売新聞記者」というだけで、どんな人間かも分からない人が、「これが正義」といっても通らないということですか?

 そうですね。せめて、もっと記者のアイコンを前に出してほしいと思います。記者にとっては負担でしょうが。

 ――そこは議論になるところです。

 記者は決して万能ではないのに、言論空間では万能な感じじゃないですか。世の中を全部知っていて、自分は間違っていないというふうに記事を書いていますよね。でも、僕らはそうではないことを知っている。全然万能じゃないし、「同じ人間じゃん」と分かっている。先ほどの上から目線の話で言えば、「分からないけれど、自分はこう考える」、と、正直に自分を出してほしいですよね。